一夏がラウラを呼び出した翌日の朝、千冬と箒はいつも通り早朝のランニングを済ませて竹刀を振っていた。
「一夏さんがあんな顔をするということは、ラウラの専用機には余程危ない罠が仕掛けられていたんだろうな」
「一夏兄、ラウラの事を気に掛けてるみたいだったしな。ラウラの方も一夏兄を心から尊敬している様子だし、たった一年で何があったんだ?」
「ラウラ曰く、出来損ない集団だった自分たちを最強に押し上げた、という事らしいが」
「一夏兄ならそれくらい簡単に出来るだろうが、今のラウラを見る限り出来損ないだったとは思えないんだよ……」
「確かに……ラウラの動き、相手を観察する力、咄嗟の判断力、どれも私たち以上だと言える」
「一夏兄がみっちり鍛えたという事を差し引いても、あれは元々の才能が無ければ出来ない事だと思う」
一通り素振りをした二人は、竹刀を脇において考え込む。答えを導き出すにはヒントが少なすぎるのだが、二人は必死になって考えた。
「ドイツ軍というのは、それほどレベルが高かったのか?」
「いや、それほどじゃないはずだろ。レベルが高かったのなら、わざわざ一夏さんを誘う必要がないからな」
「確かに……一夏兄を雇ってまで鍛え上げなければいけない状況なら、とてもじゃないが強いとは言えないな」
「一夏さんを雇うなら、それなりの金が必要だろうしな……いくらお前が捕らえれていた場所を見つけ一夏さんに教えた恩があるとはいえ、それで安くなるとも思えないしな」
「だいたい一夏兄なら、私の気配を探れば見つけ出せただろうし、飛縁魔でいくらでも探せただろうし」
「そうなってくると、いよいよ分からなくなってきたな……一夏さんに聞いても教えてくれないだろうし、ラウラに聞いてみるか?」
「だが一夏兄が話さないことを、ラウラが教えてくれるだろうか?」
気になりはするのだが、自分たちが踏み込んでいい問題なのか、千冬はそれが気になっていた。
「だが、このまま答えが出ないままでは気持ちが悪いだろ?」
「時が来るまで忘れていればいいだろ。それに、この事に頭を悩ませている余裕は、私にも箒にもないだろ? そろそろ中間試験の事を考え無いといけないんだし……」
「簪が面倒を見てくれるらしいが、それだけで赤点回避が出来るとも思えないしな……自分でしっかりと復習しておかないと、夏休みは一夏さんと山田先生による補習だろうな」
「一日中一夏兄と一緒にいられるなら補習でも良いんだが、怒られるのは嫌だからな」
「お前は……」
ブラコン発言に呆れた箒ではあったが、それを指摘するとまた激昂するので心の裡に留めた。
「とにかく、ラウラの専用機の件は一夏兄に任せておけば大丈夫だろう。というか、既に片付いているかもしれないし」
「それはあり得るな。一夏さんなら、一両日中には終わらせることが出来ただろうし、あの人が動けば姉さんも動く。下手をすればドイツが世界地図から消え去る可能性だってあるんだから」
「一夏兄と束さんが手を組めば、それくらいは楽勝だろうな」
「アンタたち、朝から物騒なのよ」
「鈴か……だが、あの二人なら可能だろ?」
「まぁね……直接攻撃は一夏さん、コンピューター攻撃は篠ノ之博士、これは無理よ……」
「というか、何処から聞いていたんだ?」
「アンタたちが中間試験どうこう言ってる辺りからよ。まぁ、その後の会話で、気にしてるのがラウラの専用機の話しだって分かったけど」
「鈴は何か聞いていないのか?」
箒に問われ、鈴は呆れながら答える。
「アンタたちが聞いてないのに、あたしが聞いてるわけ無いじゃない。そもそも、あたしは中国の代表候補生なんだから、他国の代表候補生の情報なんてそう簡単に手に入らないわよ。ましてや専用機の情報なんて」
「そうなのか? 候補生の方が、ライバルの情報だから入手しやすいんじゃないのか?」
「むしろ逆よ。将来代表として戦うかもしれない相手の情報だもの。国が全力を以て隠すのよ。だからあたしは、セシリアやシャルロット、ラウラの闘い方を知らなかったんだから」
「候補生の世界も大変なんだな……そう考えると、私たちの立場の方が、情報収集しやすいという事か」
「多少は、でしょうけどね。まぁ、一夏さんならそんなこと関係なく調べ上げるでしょうけど」
「おっと、そろそろ部屋でシャワーを浴びて着替えないと遅刻する時間だ」
「そうだな。鈴、また後でな」
「ハイハイ。先に食堂で場所を取っておくわよ」
鈴と別れ部屋に戻る途中も、千冬と箒はラウラの事を考えていた。
「一夏さんに聞けばすべて解決なんだろうが……」
「教えてくれるとは思えないからな……とにかく、今は遅刻回避だ」
「ゆっくり朝食を摂ると考えると、少し急がないといけないからな」
頭を切り替えた二人は、シャワーを浴びる為に部屋まで早足で向かったのだった。
二人の早足もなかなかのスピードですから