一夏から受け取ったUSBメモリーを持って、楯無は虚の部屋を訪ねた。あらかじめ連絡しておいたので、虚のルームメイトは席を外している。
「――で、これが一夏先輩から預かったUSBメモリーね。虚ちゃんならすぐに解析出来るでしょ?」
「既に織斑先生が解析しているのでしょう? 私たちの仕事は、ドイツ政府と非公式に話し合う事です」
「このデータがあれば認めるかしらね? 事前交渉とかしなくて大丈夫?」
「いくら国家といえども『織斑一夏』個人には勝てませんよ。ましてや、織斑先生が動けば篠ノ之博士も動く。この二人を同時に敵に回すのは、死とイコールと言っても差し障りありません」
「一夏先輩一人でも大変なのに、篠ノ之博士まで加わったら終わりよね……まぁ、暗部組織らしく動きましょうか」
「最近はめっきり織斑先生の子飼いのスパイのような感じですけどね」
「一夏先輩は、私たちに血生臭い暗部組織に染まってほしくないみたいなのよね。だからこうして私たちに仕事を回す事で、本当の暗部の仕事をさせないようにしてるみたい」
「学生の間は……という事でしょうね。織斑先生も私たちが卒業したら、そこまで干渉してくることはないでしょうし」
「まぁ一夏先輩なら、この一年の間で暗部組織なんて必要なくなる世界を創ることも出来そうだけど、そんなメンドクサイことはしないかな。とにかく、前以てドイツ政府の事を調べろって言ってた理由が漸く分かったわけだし、その情報を元にドイツ政府と交渉しましょうか。上手くいけば、ドイツの情報を引き出せるかもしれないし」
「当主らしい考えですね。世界中の暗部組織の情報を集めておかないと、いざという時動けませんもの」
虚が楯無を褒めると、彼女はすぐに仕事モードに切り替えてUSBメモリーに保存されている情報を読み解く。複雑な暗号化はされていなかったが、一見すればただのISの開発データに見えるように偽装されていたので、楯無では読み解くのに時間がかかっただろう。
「さすがは織斑先生ですね……」
「というか虚ちゃん、もう読み解いたの? さすがは頼りになるわね~」
「お嬢様が頼りないんです……まぁ、この程度でしたら、お嬢様でも十分もあれば解読出来たでしょうが」
「VTシステムなんて、噂の世界にしかないと思ってたのにね……」
「何者なんですか、ラウラ・ボーデヴィッヒさんというのは? そちらはお嬢様が調べてたんですよね? 報告書を見せてもらってませんが」
「想像以上にヘビーな内容だったから、一夏先輩に相談してから見せようと思ってたのよ。はいこれ」
そう言って楯無は持ってきた資料を虚に手渡し、自分は虚が解読した情報に目を通す。呆れながらも楯無から受け取った資料に目を通した虚は、先に進むにつれて眉間に皺が寄って行った。
「これ、間違いないのですか?」
「一夏先輩にも確認したわ。他言無用でお願い」
「こんな事、誰彼構わず言える内容ではありませんよ……」
「非人道的な実験に加えて、国際条例で禁止されているシステムの開発……言い逃れは出来そうにないわね」
「させるつもりなど更々ありません。ですが、下手をすればラウラ・ボーデヴィッヒさんの秘密が公になってしまう可能性がありますよ」
「そこなのよね……一夏先輩に相談した方が良いかしら? でも今頃先輩はVTシステムの解除で忙しいでしょうし」
今すぐドイツ政府を潰すわけではないのだが、早いうちに相談した方が良いだろうという事で、楯無と虚の考えは一致している。だが問題は、相談しに行くタイミングが難しいという事だった。
「虚ちゃんが行ってくれない?」
「私は織斑先生の住まいを知りませんが」
「そうなの? じゃあ教えて――駄目ね。私が教えたなんて知られたら、お仕置きされちゃうし……」
「お嬢様が行けばいいだけなのでは?」
「明日の朝にでも相談しに行ってみるわ。それで、虚ちゃんはこの件、どうするべきだと思う?」
「完全に潰さないと、別の人物で実験を再開するのは目に見えています。多少強引でも完全に実験を潰しておくのが、今後の為だと考えます」
「そうよね……一夏先輩と篠ノ之博士の名前を使って良いかも相談しなきゃダメそうね……多分私たちだけじゃ完全に潰すのは不可能だし」
「最悪織斑先生が直接乗り込む、なんてこともありそうですね……あの方は厳しいですが、優しい人ですから」
「ただの後輩の私のお家騒動にまで首を突っ込んでくれた人だもの」
「お嬢様が巻き込んだんでしょうが」
「だって、相談出来る大人が一夏先輩しかいなかったんだもん。虚ちゃんのお父さんやお母さんは当事者で相談出来なかったし」
「ウチはそもそもただの従者なので、跡目争いに口を挿める立場ではありませんので」
当時の事を思い出して、楯無と虚は苦々し気に笑い合い、データにロックを掛けて話し合いを終わらせたのだった。
しっかり暗部らしい会話になってるのか?