一夏の後に黙ってついていくラウラは、どことなく兄にくっついていく妹にも見えたが、二人の間にそんな空気は無かった。
「一夏教官、先ほど千冬たちから聞いたのですが、私の専用機になにか仕掛けられているというのは本当なのでしょうか?」
「ドイツ政府に問い合わせたが、向こうは知らぬ存ぜぬの一点張りだったな」
「では問題ないのでは?」
「お前が『普通の出自』だったら俺も気にしなかったが、ドイツ政府にとって、お前は替えが利く存在だからな」
「はい……ですが、一夏教官が仰られた通り、私は代わりの利く存在です。例え何があっても一夏教官が気にする必要は無いのではないでしょうか」
「俺が鍛えた『ラウラ・ボーデヴィッヒ』はお前だけだ。誰でもないお前は、もういないはずだが」
「申し訳ありませんでした」
かつて一夏に言われたことを思い出して、ラウラは背筋を伸ばしてから綺麗に腰を折って一夏に謝罪する。一夏は軽く応えるだけで、それ以上重苦しい話にしないように努めた。
「ここは?」
「学園の整備室だ。普通の生徒はあまり近づかないだろうな」
「ここで何をするのでしょうか?」
「先ほど千冬たちから聞いたと言っていただろ。お前の専用機に仕掛けられている罠を解除する。あれはこの世に存在してはいけないシステムだからな」
そう言って一夏は、ラウラに専用機を提出するように迫る。ラウラは一瞬だけ躊躇ったが、一夏が自分を裏切るわけがないと考えなおし、専用機を一夏に手渡した。
「教官、先ほど存在してはいけないシステムと仰られましたが、もしかして……」
「恐らくはお前が思い浮かべたので間違いないだろうな」
「VTシステム……ヴァルキリー・トレース・システム……何故そのようなものが私の専用機に?」
ラウラは問い掛けるような口調だったが、一夏が答えてくれるとは思っていない。自分自身に問いかけている様子だった。
「国際条例で禁止されているシステムが私の専用機に……ドイツ政府は何を考えていたんだろうか……私は政府に命じられて代表候補生になり、政府に命じられてIS学園にやってきた……もしかしてヴァルキリー・トレース・システムのデータを取る為だけに私は使われいたのか?」
一夏の隣で自問自答するラウラだったが、その視線は一夏の手に向けられている。黙々と解析作業を進めているのを、一切驚いたりせず見つめているのだ。
「先ほど一夏教官に言われるまで忘れていたが、ドイツ政府にとって私は、代わりが利く存在だったんだな……万が一VTシステムが作動して私の身に何かあったとしても気にしなかったということか……」
ラウラが結論に至ったタイミングで、一夏の解析も終わったようで、視線をラウラに向ける。
「結論は出たようだな」
「はい。一夏教官が気にかけてくださらなかったら、恐らく私は近いうちに死んでいたかもしれません」
「発動の条件は、お前が今以上に力を欲する事だ。ここでの生活でお前は、オルコットや凰といった他国の候補生と訓練を積んで、更に力をつけたいと望み始めていたな」
「はい。訓練が楽しくて、もっと強くなりたいと思い始めていました」
「もし訓練を積んで力を欲し始めたら、最悪発動していたかもしれない」
「ではやはり……」
「解析の結果、やはりお前の専用機、シュヴァルツェア・レーゲンにはヴァルキリー・トレース・システムが組み込まれていた」
一夏が指差したモニターに視線を向けるが、ラウラには何処が問題なのか分からない。だが一夏が言うのだから間違いないだろうと信じ、ドイツ政府を憎んだ。
「今日はもうこのまま俺にシュヴァルツェア・レーゲンを預けてくれないか」
「それは構いませんが、一夏教官だけで解除出来るのですか?」
「一日あれば何とか出来るだろうな。だがドイツ政府が何故このシステムを組み込んだのかを調べておく必要があるから、とある人物にこのデータを渡さなければならない。もちろん、開発データを外に流す事はしないが、構わないか?」
「一夏教官の事を信じておりますので、その辺りは心配しておりません。ですが、一夏教官が私の為に無理をなさるのは心配です」
「気にするな。生徒の事を気に掛けるのも教師の仕事だ。それに、この程度無理ではないからな」
「ありがとうございます」
一夏に敬礼して、ラウラは専用機を一夏に預ける事を決めた。その後すぐに整備室から去っていったので、整備室の中にもう一人いたことに気付けなかった。
「聞いていたな? お前に調査を頼みたい」
「それは構わないですが、あのシステムは一夏先輩と篠ノ之博士が潰したんじゃなかったんですか?」
「表向きは凍結されていても、裏で続けられているなんて事はよくあることだ」
音もなく現れた楯無にそう告げて、一夏は解析データが保存されたUSBメモリーを投げ渡したのだった。
あんまり汚れてほしくないですね