HRの前に一夏に呼び出された楯無と薫子は、おおよその検討がついているような表情で一夏の前で「休め」の格好を取っていた。
「呼び出された理由は、なんとなく分かっているようだな」
「言っておきますが、私は簪ちゃんの自慢をしただけですからね。それを薫子ちゃんが面白おかしく曲解して脚色した所為で、今の噂が流れているんです」
「そんなに脚色したつもりは無かったのですが、噂に尾ひれがついて、気が付いたら収拾不能状態になってしまってまして……」
「というか、織斑先生も簪ちゃんを抱き留めた事は事実なんですから、そこは否定出来ないですよね」
「更識、それだったらお前の妹が高速と言える速度で壁に突っ込むのを黙って見ていた方が良かったというんだな? それだとお前がわざわざ国籍変更した意味がなくなったかもしれなかったのだが」
一夏の言葉に、薫子の表情が輝きだす。スクープの匂いを感じ取ったのだろうと一夏は思ったが、一瞥しただけで大人しくさせた。
「そんなことは言いませんが、せめて抱っこじゃない恰好には出来なかったんですか?」
「担ぎ上げろと? それこそ誘拐してるように見えるじゃないか」
「それは…そうですけど……」
「そもそも何故事故未遂の事まで黛に話したんだ。更識妹の専用機が完成した事だけ伝えていれば、今回のような事にはならなかっただろうが」
「だって、薫子ちゃんに『詳しく』教えてほしいって言われたので」
楯無の言葉を受けて、一夏の視線が薫子に向けられる。何とかしてその視線から逃げたかった薫子だったが、バッチリ一夏と目が合ってしまい、逃げる事は不可能となってしまう。
「生徒が知りたい事を調べて新聞に載せる、それが私の使命ですので」
「新聞部としての活動は認めているが、個人的な興味と悪戯の為の調査を認めた覚えはないが? 放課後、布仏姉を交えてゆっくりと話し合うか?」
「の、布仏先輩は勘弁してください! 大人しく反省文でも校庭数十周でもしますから!」
「本当に虚ちゃんの事が苦手なのね、薫子ちゃんって……いったい何をされたのよ?」
「口では言えないことをされたわけじゃないけど、思い出したくないから言いたくない……」
「そういわれると意地でも聞き出したくなるんだけど……」
薫子に逆襲出来るチャンスを見つけたと、楯無は薫子に詰め寄ろうとして、一夏が冷めた目を自分に向けている事に気が付き咳払いをして誤魔化した。
「とにかく、黛は噂の収束を計れ。俺は構わないが更識妹が可哀想だ。せっかく専用機が完成したというのに、周りの余計な言葉でISを諦めてしまうかもしれない」
「それは困ります! 薫子ちゃん、全力で事態の収束を計ってちょうだい! もし出来なかったら、更識の全勢力を以て薫子ちゃんに『イジワル』しますから」
「わ、分かったわよ……詳しくは知らないけど、更識家って普通じゃないんでしょ? そんな家のご当主様に命じられたら、頑張るしかないじゃないの……」
一夏と楯無に命じられ、薫子は噂を収束させるために動き出す。一礼して職員室から出ていった薫子を見送った楯無が、一夏の方に振り返り直し頭を下げた。
「ゴメンなさい、一夏先輩。先輩にご迷惑をかけるつもりなんて無かったんですが、薫子ちゃんがしつこく聞いてくるものですから……」
「さっきも言ったが、俺は別に気にしていないから良いんだが、簪の精神に悪影響を与える可能性があるからな。目をかけている生徒が駄目になるかもしれない事態は、俺としても避けたいからな」
「普段は人に興味なんて無さそうに見えますけど、一夏先輩って結構人の事を気にしてくれますよね」
「お前が国籍変更をしたいと言った時の事を考えれば、簪をドロップアウトさせるわけにもいかないだろ」
教師としてでもあったが、楯無の旧知の人間としても、簪が事故に遭う事はなんとしても止めたかったのだという一夏に、楯無はもう一度頭を下げる。
「簪ちゃんが日本代表として、私がロシア代表としてモンド・グロッソの決勝で戦う。その為には簪ちゃんに引退されるわけにはいきませんから」
「束の言い分としては、千冬か箒を代表にしたかったらしいが、まさかあそこまで派手な事故になるなど思っていなかったらしい。まぁ、未遂だった事と反省していた事を加味して、拳骨で済ませたが」
「一夏さんの拳骨って、岩が砕ける程だって聞いたことがあるんですが……」
「何だその噂は……そもそも、岩なんて殴っても意味がないだろうが」
「それだけの衝撃だという事ですよ。まぁ、実際に殴られた人がいるわけじゃないので、本当に噂なんですけど、実際のところはどうなんですか?」
「ほぅ、殴られたいと?」
一夏が人の悪い笑みを浮かべたので、楯無は大慌てで両手を左右に振って否定の意思を示す。冗談として言ったつもりが、自分が殴られるなどという展開になりかけたのだから、楯無が必死になったのも仕方ないだろう。
一夏と更識家を敵に回すのは……