簪の専用機が完成したということで、楯無は消灯時間を過ぎてから一夏の部屋を訪れた。
「刀奈、校則違反で怒られたいのか?」
「この時間じゃなきゃこれなかったんですよ。更識としても日本政府との関係を悪化したくなかったですし」
「当主のお前が日本を捨ててロシア代表になった時点で、これ以上悪化しようがないくらい悪化しただろうが」
「そこは、一夏さんが何とかしてくれましたから」
まったく悪びれた様子もなく、楯無は一夏の部屋に上がりお茶の用意をする。勝手な行動を取る楯無を見てため息を吐いたが、一夏はそれ以上何も言わずにその場に腰を下ろした。
「それで、こんな時間に女子高生が何の用だ」
「そこを強調されると、なんだかいかがわしい雰囲気になりますね。一夏さんは私の事を襲うつもりなんですか?」
「バカな事を言ってないでさっさと用件を言え。明日も授業があるんだ。生徒がこんな時間に出歩くのを教師が許すと思ってるのか?」
「まぁまぁ、ちゃんと授業には出ますから。それじゃあ本題に入りましょうか」
一夏にお茶を差し出し、自分も一口啜ってから、楯無は真面目な空気を纏って一夏に頭を下げた。
「この度は我が妹簪を、再起不能になるかもしれない事故から守っていただき、誠にありがとうございます。姉として、更識家当主としてお礼申し上げます」
「その件に関しては、あの馬鹿ウサギが原因だからな。こちらから謝罪しなければいけない事だ。だからそこまで畏まってお礼を言われると困るんだがな」
「ですが、原因はどうあれ、事故から守っていただいたのは事実ですので。本当なら一早くにお礼を申しに伺わなければいけなかったのですが、先に申し上げたように日本政府との関係悪化を防ぐため忙殺されていましたので」
「あー、もうやめやめ! 真面目なお前は何か気持ち悪いからな。謝罪は受け入れるから、その喋り方は止めろ」
「一夏さんも堅苦しい空気は嫌いですもんね。これはいい事を知ったかもしれません」
「その口調で話すなら、俺は今後お前の相手はしないからな」
「えっ、それは困りますよ!」
せっかく一夏をからかえるネタを手に入れたというのに、相手にしてもらえなくなるのは楯無としても困る。唯一信頼している大人にして、何でも相談出来る先輩との関係を悪化させては、これから先不利益しかないのだから当然だろう。
「まぁ、当主としての挨拶はこれくらいにしておきますよ。それにしても、篠ノ之博士は何がしたかったんですか?」
「さぁな。刀奈が来なければ、今頃説教してたところだったんだが」
「もしかしてこれからですか?」
「生徒を危険な目に遭わせた元凶を、教師として放っておくわけにもいかないからな。まぁ、教師でなくても放っておくことはしないがな、あの大馬鹿者を」
「世紀の大天才である篠ノ之博士を捕まえて『大馬鹿者』なんて言えるのは一夏さんだけですよ」
「まぁとにかく、校則違反は今回は見逃してやるから、早いところ部屋に戻れ。見つかっても弁護はしてやらんがな」
「一夏さんレベルで気配察知が出来る人ならともかく、普通の教師相手に見つかるようなヘマはしませんよ。それじゃあ一夏さん、今日は本当に簪ちゃんがお世話になりました」
最後にお礼を言って、楯無は一夏の部屋から寮へと帰って行く。その姿が完全に見えなくなってから、一夏は背後に声をかけた。
「さて、何か申し開きはあるか?」
「あの程度のトラップに気付けないなら、一人でIS製造なんてするべきじゃないと思っただけで――」
「一見して分からないように巧妙に隠しておいて善意だったと?」
「いっくん、その目は止めてください……高校時代を思い出すので」
「更識姉妹には俺が謝っておいたが、これで済んだのは事故が起こらなかったからだ」
「いっくんがいれば事故なんて起こるわけが――」
「政府の人間に引き止められていたら、付き添いは俺ではなく真耶だったんだが?」
「本当にごめんなさいでした……」
実際に生えているわけでもないのに、束のウサ耳はしょんぼりと垂れ下がり、それにつられるように束もしょんぼりと肩を落とす。普段なら一夏の説教にも心揺らす事は無いのだが、一夏が本気で怒っているからこそ、束の心にも響いたのだろう。
「反省したなら、直接謝れ」
「そう言われても、相手の顔が分からないし」
「なら文書でも何でもいい。俺が渡しておくから、反省文でも書け」
「ちーちゃんにするように束さんにも罰則を下さないでよ……いっくん、先生が板についてきたんじゃない?」
「今の職業だからな。板についてきていても不思議ではないだろ。というか、誤魔化して逃げようとするな」
「やっぱり先生みたいだよ~!」
首根っこを掴まれ逃げられなくされた束は、しくしくといいながら反省文を書き始めるのだった。
しっかり束は反省しなければ……