一度第五アリーナから移動した二人は、とある部屋にやって来ていた。簪は辺りを見回して、ここが一夏の生活空間なんだろうなと直感した。
「簪、打鉄弐式を少し貸してみろ。あの馬鹿が何か仕掛けた痕跡がないか調べる」
「お、お願いします」
簪は束が何かしたのではなく、自分の技術力不足を疑っているのだが、一夏の方はどうやら違うようで、束がこの打鉄弐式になにかを仕込んだのではないかと疑っているようだった。
「やはりな……あえてここの連動を鈍くしてあるな……巧妙に誤魔化しているから、一見しただけでは分からないようにしてあるのが質が悪い……」
「あの、織斑先生?」
「ん? あぁ、すぐに終わるから少し待ってろ」
そう言って一夏は束が組み立てた山嵐の重要部分を一度解体し、必要な部品を奥から持ってきてそれを組み込み、再び打鉄弐式に搭載する。
「あとはここの連結をしっかりとすれば……よし、もう一度第五アリーナに行くぞ」
「えっと、今のだけで大丈夫でしょうか? 操縦不能になったのはそこだけが原因だったとは思えないんですが」
「他の部分に問題は無かった。恐らく簪を再起不能にしようとした、とかではなくただの悪戯だったんだろうな。どうせ俺が簪の動作チェックに付き合うだろうと見越しての悪戯のようだったから良いが、万が一真耶が付き添っていたら最悪の事態になっていたかもしれない」
「えっと……それってつまり、私が再起不能になっていたかもしれないって事ですか?」
「あれだけのスピードで壁にぶつかれば、それなりの怪我を負う事になっただろうし、回復したとしてもISに対する恐怖心を払拭出来たかどうか怪しいところだしな」
一夏が上げた可能性に恐怖し、簪は思わず自分の身体を抱きしめる。特に震えていたわけではないのだが、一夏が申し訳なさそうに頭を下げる動作を見せたので、慌てて一夏の動作を止めに入る。
「織斑先生は何も悪くないんですから、謝らないでください! 万が一千冬に知られたら、私が怒られますから」
「あの馬鹿がしでかしたことを考えれば、謝らなければいけないのは当然だろ。未遂とはいえ、簪には怖い思いをさせたわけだし……あの馬鹿は後で俺が説教しておくが、直接簪に謝らせることは不可能だからな。だから代わりに俺が頭を下げるんだ」
「織斑先生は私を助けてくれましたし、こうして篠ノ之博士の悪戯も見つけてくれましたから、それで十分ですよ。さぁ、もう一度動作チェックをしましょう! 今度こそ完成出来てたらいいんですが」
「そうだな」
簪が無理に明るく振る舞っているのは一夏にも理解出来た。それが自分が必要以上に気に病まないようにしているのだと理解出来るからこそ、一夏は簪の頭を軽く撫でたのだ。
「お、織斑先生っ!?」
「生徒に気を遣わせるとは教師失格だな」
「織斑先生が教師失格なら、山田先生なんて教師不適合だと思いますよ?」
「まぁ、真耶もいろいろと頑張ってはいるんだがな……生徒と年が近いというのはなめられる要因なのだろうか」
「山田先生は私たちに近しい存在ですからね」
「俺が遠い存在だと言っているのか?」
「そうではありませんが、織斑先生にはおいそれと話しかけられませんよ。モンド・グロッソ連覇の実績もそうですけど、その後の事もありますから」
千冬誘拐犯を半殺しにした事は、それだけ一夏の恐ろしさを世界に知らしめているのだ。だから尊敬しつつも話しかけられない生徒が大勢いるのだと、簪はそう思っている。
「別に常日頃から怒ってるわけでは無いんだがな」
「それだけ強烈だったんですよ、あの織斑先生の姿は」
「その強烈なイメージを払拭するためには、真耶のようなキャラになった方が良いのか?」
「織斑先生が山田先生みたいになったら、この学園は終わっちゃいますよ」
「別に俺が担ってるわけじゃないんだが」
簪の冗談に苦笑いを浮かべながら、一夏はもう一度だけ簪の頭を撫でる。さっきの優しい感じとは違い、少し乱暴に。
「冗談を言えるメンタル状態だな大丈夫だな。さっさと動作チェックを終わらせて政府にあの分厚い紙の束を投げつけてやれ」
「投げつけたりはしませんけど、あれを置いておくと邪魔ですからね。さっさと終わらせて提出しちゃいましょうか」
「そうしろ。専用機が完成すれば、楯無に対するコンプレックスも多少はマシになるだろ」
「最近はもう気にしなくなりました」
「そうなのか? なら良かったな」
「はい」
それも一夏のお陰なのだが、どうやら本人は更識姉妹の関係を修復した自覚は無さそうだった。それを理解した簪は、心の中でお礼を言って、もう一度動作チェックに挑むためにピットに向かう。
「(織斑先生って、実際に会って話すと前と後で随分と印象違うんだな)」
そんなことを考えながら、もう一度打鉄弐式を展開して飛び立つのだった。
来年もよろしくお願いします