クラス対抗戦で起こった事件の後処理も終わり、職員室では次のイベントの話題で盛り上がっている。そんな中一夏だけが、書類を眺めて難しい顔をしていた。
「織斑先生、どうかなさったのですか?」
「あぁ、山田先生……」
声をかけてきた真耶に、一夏は眺めていた書類を手渡す。一夏から手渡された書類に目を通して、真耶は驚きと共に一夏が憂鬱な雰囲気を醸し出していた理由を理解した。
「この子、織斑先生がドイツで指導していた子ですか?」
「あぁ。どうやらIS学園に転校して来るらしい」
「また一波乱ありそうですね……ですが、こっちの子は問題なさそうですよ? フランスの大企業、デュノア社の娘さんですし」
「俺が調べた限り、デュノア家に『シャルロット』という娘はいなかったはずなんだが」
「それってどういう……」
「産業スパイか、それとも隠し子か……どちらにせよ面倒事には変わりないだろうな」
真耶から書類を受け取った一夏は、もう一度二人のプロフィールを眺めてから机の上に書類を放り投げて立ち上がる。
「明日面接がある。真耶にも同席してもらう事になるだろう」
「明日、ですか? 随分と急ですね」
「学長が伝え忘れたんだとさ」
「またですか……」
「もうボケが始まってるんだろ、あの耄碌爺さん」
やれやれと首を左右に振りながら一夏は職員室から出ていこうとする。真耶もその後に続こうとしたが、一夏が不意に立ち止まり振り返ったので、真耶はドキッとしてしまう。なぜなら、真耶の顔の真ん前に一夏の顔があるからだ。
「何でついてくるんだ?」
「えっ……だって話の途中ですし」
「それはそうだが、お前はトイレにまで付いてくるつもりなのか?」
「っ! し、失礼しました!」
先ほどとは別の意味でドキッとした真耶は、いつも以上に俊敏な動きで一夏から離れ、深々と頭を下げた。
「いや、そこまで謝られるような事じゃ無いんだがな」
苦笑いを浮かべながら真耶の頭を軽く撫でてから、今度こそ一夏は職員室から出ていった。
「び、びっくりしました……」
一夏の顔を間近で見たことにもびっくりしたが、まさか頭を撫でられるとは思っていなかったので、真耶はまた別の意味でドキドキしたのだった。
真耶に嘘を吐いて職員室を離れた一夏は、生徒会室にやって来ていた。
「――それで、また更識姉が逃げ出したと」
「はい……織斑先生が捕まえてくれなかったら、また学園中を探し回らなければいけない所でした」
「あの、そろそろ離してくれると助かるんですけど……」
「お嬢様はそのまま反省していてください」
運悪く逃げ出した矢先に一夏に見つかってしまい、何時も通り襟首をつかまれて生徒会室まで連行された楯無は、しょんぼりとした雰囲気で押し黙った。
「それで、織斑先生はどのようなご用件で生徒会室にいらしたのでしょうか?」
「デュノア社の社長に娘なんていなかったと思うんだが、更識で調べたんだろ? 結果を聞きに来た」
「ウチで調べた限りでも、デュノア家に『シャルロット』という子はいませんでした。もしかしたら一夏先輩が気にしてる通り、産業スパイなのかもしれません」
「ですが、明日面談するわけですし、織斑先生ならその程度の事は見抜けますよね? 何を気になさっているのでしょうか」
「もう一つの可能性だった場合、そこには触れない方が良いのだろうなと思ってるだけだ」
「もう一つの可能性……愛人の子、という事ですか」
顔色一つ変えずに言い放つ虚に、一夏は苦笑いを浮かべる。
「布仏、お前の生活環境なら仕方のない事なのかもしれないが、もう少し普通の女子高生らしい表情は出来ないのか? 普通の女子高生が『愛人の子』なんていう時は、もう少し表情に変化があると思うんだが」
「虚ちゃんは鉄面皮だからね~。ちょっとやそっとじゃ表情が変わらないんですよ」
「お嬢様? 今何か仰いましたか?」
「いえ、何でもないでーす……」
無表情のまま睨みつけられ、楯無は大人しくなる。虚も楯無を睨みつけた後、ため息を吐いて一夏に向き直った。
「仕事上表情は邪魔でしたので、幼少期から表情を殺す訓練を積んできましたので、こればっかりはどうしようもありません」
「妹の方は表情豊かだが?」
「私に本音のようになれと?」
「そこまでは言わないが、たまには笑ったり怒ったりした方が、精神衛生上楽が出来ると思う。お前が背負い込んでいる苦労は、大人が持つべきものだからな」
「大人が信用出来ないからこそ、私が背負っているんですよ」
「いろいろあったものね……それこそ、一夏さんに手伝ってもらえなかったら、今ここにいなかったかもしれないくらいに……」
更識家で起きた事件を知っている一夏としては、虚と楯無が大人は信用出来ないと言い張る理由も理解出来ている。だが、教師の観点から言えば、もう少し普通の学生生活を送らせてやりたいと思ってしまうのだった。
二人の環境は少し変えます