教室に向かう途中、千冬は先ほどの会話で引っ掛かりを覚えたことを本音に聞いた。
「なぁ布仏――」
「本音で良いよ~」
「じゃあ本音。お前さっき一夏兄の事を『寮長代理』って言ったよな?」
「うん、言ったよ~」
「じゃあ、今この寮には寮長がいないのか?」
千冬の質問に、箒も頷いているところを見ると、やはり二人は学園内の事には疎い事が分かる。逆に本音と簪は、二人の態度を見て驚いた。
「二人とも知らなかったんだ」
「何をだ?」
「今の寮長は山田先生なんだよ。だけど、あまりにも威厳が無くて、抑止力にならないからって、織斑先生が代理を務める事になったんだよ。だから、早朝とか夜遅くとかだと、注意するのは寮長である山田先生で、それ以外の時間は織斑先生が注意して来るんだよ」
「まややは怒っても怖くないからね~」
簪の説明に本音が補足すると、千冬も箒も納得したという表情で頷く。
「確かにあの先生じゃ威厳に欠けるな……」
「注意されても反省する、という感じにはならないな……」
「でしょ~?」
「……ところで、何で本音と簪はそんなことを知ってるんだ? 同じ新入生のはずだろ?」
「おね~ちゃんに聞いたんだよ~。楯無様は生徒会長だし、おね~ちゃんは生徒会メンバーだから、そういった事情にも詳しいんだよ~」
「そういう事か」
あっさりとネタバラシをした本音とは対照的に、簪は少し複雑な表情を浮かべている。千冬と箒は、簪は自分と似たような事を思っているのだろうと、勝手に納得して頷いたのだった。
一夏の補習のお陰で、何とか授業について行けた二人は、午後も何とか頑張ろうと気合いを入れていた。だが今日の午後は授業ではなく、いろいろな事を決める時間だったのだ。
「――というわけで、クラス代表を決めたいと思います」
「クラス代表?」
「山田先生、それって何ですか?」
千冬と箒が首を傾げながら問い掛ける。どうやら他のクラスメイトの中にも、それが何なのか理解していない人間が見受けられる。その中の一人は、もちろん本音だ。
「クラス代表とは、読んで字の如くクラスの代表だ。クラス間の集まりに参加したり、対抗戦の代表として戦ったりしてもらう。殆ど名誉職なので、成績などには反映されない」
真耶がどう説明したものかと悩んでいたら、一夏が横から説明を始めた。その説明でクラスの全員が納得したようで、一夏は視線を真耶に向けて先に進むよう促した。
「織斑先生の説明の通りです。美味しい思いはありませんが、やりたい人はいますか? もしくは、やってもらいたい人はいませんか? 自薦他薦、どちらでも構いません」
真耶がクラスを見渡すが、どうやら立候補者はいないようだった。
「何だ、誰もいないのか? 別に実力云々は構わん。どうせお前らにそれほど実力差があるわけではないからな」
一夏の言葉に、教室の一番後ろからムッとした雰囲気が漂ってきたが、一夏は一切相手にしない。
「人気投票でも構わん。やらせたい奴はいないか?」
「えっと、じゃあ織斑さんが良いと思います」
「私は篠ノ之さん」
「確かに、IS界の重鎮の身内なら、それだけで注目されそうだしね」
注目されることには慣れている二人は、特に反論はしなかった。これで「きっと強いはず」とか言われたら立ち上がって反論しただろうが、先に一夏が実力云々は気にしないと言っていたので、二人の気分は多少軽くなっていたのだ。
「織斑と篠ノ之だけか? 他に推薦したいヤツはいないのか?」
一夏がクラスを見渡して、それ以外の候補者が上がらないのを確認して真耶に視線を向ける。
「では、織斑さんと篠ノ之さんのどちらをクラス代表にするか――」
「納得致しませんわ!」
「ひゃうっ!? お、オルコットさん……どうかしましたか?」
真耶が先に進めようしたが、彼女のセリフに割り込みをかける生徒がいた。彼女は立ち上がり憤慨している様子だと、クラスメイトの全員が理解した。
「何故代表候補生の私ではなく、IS素人のそこのお二人なのですか!」
「オルコット。山田先生は『自薦他薦は問わない』と言ったはずだ。そんなに納得出来ないなら、何故自分で立候補しなかった」
「そ、それは……」
「立候補などせずとも、自分が推薦されると思っていたのか? 随分自惚れてるな、お前は」
「で、ですが! 実力を考えればこの私が――」
「先ほど『実力は問わない』と言ったはずだが? ただの名誉職だ、お前がやりたいならそれで構わない。織斑、篠ノ之、お前たちは代表を務めたいか?」
「「いえ、全く」」
「だそうだ。クラス代表はセシリア・オルコットで決定だな。異論があるものはいるか?」
一夏が問うと、誰も何も言わなかった。
「な、納得出来ませんわ! こうなったら、実力で証明してみせますわ!」
「だから実力は関係ないと言っただろうが……まぁいい。織斑、篠ノ之、そういうわけだから少し付き合ってやれ」
こうして、千冬と箒は、セシリア・オルコットとIS勝負しなければならなくなったのだった。
喧嘩は売らなかったけど、決闘決定……