学園にいようが家にいようが、習慣は変わることはない。千冬と箒は何時もの時間に目覚め、何時ものように身体を動かして汗を流す為にシャワーを浴びていた。
「まさか同じタイミングで風呂場に来るとは思ってなかったぞ」
「何時も通りなら、私が先だろうが」
「ここは私の家だぞ。どう考えても私が先だろうが」
「仕方ないな。さっさと済ませろ」
千冬の言い分を受け入れて、箒は脱衣所で千冬が汗を流し終えるのを待つことにした。
「習慣というのは恐ろしいな。今日はこんな時間に起きるつもりも、身体を動かすつもりもなかったというのに」
「それは私だって同じだ。まぁ、子供の頃からの習慣だから、そう簡単に抜けるはずもないがな」
「お前や一夏さんがウチで暮らしていた頃からだから、もう十年以上だもんな」
篠ノ之道場の朝は早く、この時間でも寝坊と言われるくらいなのだ。一夏はもちろんの事として、束ですら起きていたのだから、篠ノ之道場の厳しさが窺い知れる。
「ほら、終わったぞ」
「あぁ、済まないな」
千冬が身体を拭いている間に、箒はシャワーで汗を流し始める。
「しかし、男が近くで寝ているというのに、そんな恰好で良いのか? 一夏さんに見られたら怒られそうだな」
「一夏兄がいる時にこんな恰好をするわけないだろうが。というか、脱衣所のドアは閉まってるんだから、弾や数馬が近くにいようが関係ないだろ」
「それもそうだな。こうしてシャワーの音だってしているんだし、脱衣所のドアを開くなんて事はしないだろうな」
「もししたとしても、その時がアイツらの命日になるだけだ」
「違いない」
しっかりと髪も乾かしてから、千冬は服を身に着ける。ドライヤーで髪を乾かしている間に、箒もシャワーを浴び終えてしっかりと身体を拭き、千冬がドライヤーを使い終えるのを待つ。
「自分のを持ってこなかったのか?」
「ここにあるだろうと思ってたからな。私のは学園に置いてある」
「無かったらどうするつもりだったんだ?」
「お前か鈴が持ってるだろうから借りるつもりだった」
「相変わらず無計画な奴だな……」
しっかりと髪が乾いたので、千冬は箒にドライヤーを貸す。千冬が普段使っているものは学園にあるのだが、これはそれほど古いものというわけでもなかった。
「何時も使っているのは、入学するときに買ったやつだろ?」
「あぁ。一夏兄が入学前にいろいろ準備した方が良いってメールで言ってくれてな。お金も振り込んでくれていたから、ドライヤーを買い替えたんだ」
「普通は勉強道具とか着替えとかだと思うんだが」
「そんなもの買い替えなくてもあったからな。どうせなら最新のドライヤーにしたかったんだ」
「確かに、何時も使っているやつは良いドライヤーだよな。羨ましいぞ」
「お前だって結構新しいものを使ってるじゃないか」
ドライヤーの音に負けないように声を張っていた二人。だからではないが、ドアの外に人の気配が近づいてきた。
『さっきから五月蠅いわよ。何朝から騒いでるのよ』
「鈴か。ドライヤーを使っているから、その音に負けないように声を出しているだけだ」
『そうなんだ。ところで、あたしもお風呂使っていい?』
「それは構わないが、そんなに寝汗を掻いたのか?」
『朝シャワーが習慣なのよ。ちゃんとドライヤーも持ってきてるんだから』
「それなら構わないぞ。空いているから好きに使うがいい」
既に千冬も箒も服を着ているので、同性の鈴が入ってくる分には問題はない。弾と数馬でも問題は無いのだが、気分的に受け入れられるかどうかは微妙なところだ。
「お邪魔します。相変わらずあんたたちは早起きよね」
「鈴も大概だとは思うがな。普通の女子高生はこんな時間には起きないだろ」
「こんな時間って、もう六時よ? 起きてても不思議はないと思うけど」
「平日ならな。だが今日は休日だ。普通ならゆっくりと寝ていたいと思うものじゃないのか?」
「さぁ? 候補生の合宿とかでは普通だったし、あたしの家もこれくらいが普通だったから」
「仕込みとかがあるからか? そう言えば、鈴の両親に挨拶してないな」
「そりゃそうでしょ。離婚して今は二人とも中国にいるんだから」
「離婚? あんなに仲が良かったのに?」
「いろいろあんのよ」
そう言って会話を打ち切った鈴は、一気に服を脱いで浴室に向かう。なんとなく気まずくなった二人は、先に脱衣所から出ていったのだった。
「まさかあの二人が離婚とはな……」
「親の事では、私が何か言える事はないな……親の顔を知らないんだから」
「一夏さんに聞いたことはないのか?」
「物心ついた時からいなかったからな。いないのが普通だと思っていた」
「なるほど……」
千冬の考え方に納得した箒は、それ以上何も尋ねようとは思わなかったのだった。
普通の女子高生じゃないからな……