大いに呑んだ束は、時計を見てびっくりしたような表情を見せた。
「もうこんな時間だったんだね~」
「本気で思ってないだろ」
「いっくんには隠し事は出来ないね~。このまま泊っていい?」
「好きにしろ」
束が散らかした空き缶を片付けながら答える一夏。その答えに尋ねた束の方が驚いてしまった。
「本当にいいの?」
「ダメだと言っても泊まるんだろ? このやり取りを何回したと思ってるんだ」
「中学生の頃からだし、もう何回か覚えてないよ」
「それだけ同じやり取りをやってるんだ。いい加減諦めるに決まってるだろ」
部屋の片づけを終わらせた一夏が、押し入れから布団を取り出す。普段一夏が使っている布団とは別の、予備だと思われる布団だが、しっかりと干してあるのでかび臭くはない。
「いっくん、誰か泊めたことあるの?」
「あるわけないだろ。そもそも、この場所を知ってる人間は多くないからな」
「じゃあ、何で予備の布団なんて用意してあるの? しかもちゃんと干したりしてるし」
「これくらい普通だろうが。馬鹿な事言ってないで、風呂に入るならさっさとしろよ」
「お風呂か~。一緒に入る?」
「どうやら死にたいようだな」
「冗談! 冗談だから飛縁魔を展開しようとするのは止めて!」
割かし本気で怒った一夏に、さすがの束もやり過ぎたと反省する。束も滅多に見られない本気で怒る一夏に、少し見惚れたがそれ以上に恐怖を懐いたのだった。
「くだらないことを言ってないでさっさと入ってこい。どうせ洗濯もろくにしてないんだろうから、そのまま洗濯機にぶち込んでおけ。着替えはお前のラボから持ってきてやるから」
「いや~ん。いっくんのエッチ~」
「お前の下着を見たからといって、何も思わん」
「それはそれでショックだよ」
女として見られていない気がして、束は本気でショックを受けていたが、一夏はまともに取り合わずに束のラボに向かう。ラボが何処にあるか教えていないはずなのに知られている事に対しては、束は特に何も思わなかった。
「まったく、こんなに立派に成長してるというのに、いっくんは一向に束さんに手を出そうとはしないんだから」
束も一夏が絶対に手を出してこないと分かっているから冗談が言えるのだと理解しているのだが、万が一が起こるのではないかと毎回期待しているのだ。
「このままだと本当にいっくんは一生独身という事になってしまいそうだよ……ちーちゃんを気にかけているのは束さんも分かるけど、自分の幸せは後回しなんて、いっくんも損な生き方をしてるよね」
人の事は言えないのだが、束にツッコミを入れる人間は誰もいないので、束は自分の事を棚上げにしたまま思考を進める。
「絶対に抵抗しない相手がここにいるのに、いっくんは本当に損してるよね~」
姿見に移る自分の裸体を見ながら、束はうんうんと一人で頷く。
「箒ちゃんには負けてるけど、ちーちゃんとはいい勝負が出来ると思うんだけどな~。いっくんはもしかしたら小さい胸が好きなのかな?」
一夏が聞けば激怒しそうなことだが、束は気にせず一夏の趣味嗜好を勝手に決めつけて考えを進める。
「そうならば胸を小さくする薬を発明していっくんに詰め寄れば――いや、多分普通に怒られて服を着せられるのがオチだろうな……いっくんは男を出す前に母を出すからな……男なのに」
昔から束や千冬、箒の世話をしてきたせいで、一夏は母性を兼ね備えている。裸でうろついていれば怒られ、全身をタオルで拭かれ服を着させる。だからなのかは知らないが、束の裸を見ても一夏は慌てたりはしない。むしろ呆れるのだ。
「まぁ、いっくんの趣味嗜好は一旦置いておくとして、とりあえず久しぶりのお風呂だ~!」
研究や盗撮に忙しいので、束は食事や風呂などは後回しなのだ。自分の発明品を使い、毎日清潔な身体を保っているのだが、束も基本的には風呂が好きなので、こうして入る時にはゆっくりと入ることが多い。
「いっくんは束さんの好みを熟知してるね~。この、ちょっと熱めのお湯が堪らないよ~。せっかくだからお酒を持ってくればよかったかな~? でも、そんなことすればいっくんに怒られるし」
一夏が着替えを持ってきてくれるのはもう少し後になりそうだが、バレたら怒られるだけじゃ済まなさそうだと考え、束は風呂での酒盛りは諦めてゆっくりとお湯に浸かる。
「あ~。やっぱり束さんも日本人なのかもしれないね~」
風呂に浸かりながら親父臭い事を考える束だが、実は意外にこの時の自分を気に入っているのだ。
「いっくんに聞かれたらまた呆れられそうだけど、こればっかりはやめられないね~」
一夏も風呂好きだが、ここまで親父臭いことにはならない――と、長年の盗撮で知っている束は、自分と一夏の性別が逆だったらよかったのにと、くだらないことを考えるのだった。
箒以上に幼く思える……