束が帰ったので自分も部屋に戻ろうとして、一夏は部屋の中に人の気配があることに気付いた。
「お前は……」
「遅かったね、いっくん」
「帰ったんじゃなかったのか? わざわざ気配まで消して……」
「一瞬でもいっくんを誤魔化せたのなら上出来だね!」
「それで……人の部屋で何をしているんだ?」
明らかに機嫌が悪い一夏だが、束はそんなことはお構いなしに袋を取り出した。
「たまには一緒に呑もうよ! 珍しく束さんがお酒を用意したから、いっくんには美味しいおつまみを用意してもらいたいな~」
「……明日も仕事なんだが」
「いっくんならいくら呑んでも翌日に残らないでしょ? 笊どころか枠なんだから」
「多少は残るだろ……臭いとか」
「それは誰だって残るよ」
束も十分強いのだが、一夏相手に呑み比べをしようとは思わない。それくらい一夏は酒に強いのだ。もちろん、一夏が一人で呑む事はめったにないので、本当に親しい人間しか知らないのだが。
「それで……つまみが欲しいとか言ったな」
「おつまみでも良いけど、いっくんの愛情たっぷりな料理が食べたいんだよね~。最近は十秒チャージのゼリーばっかりだから」
「何処で買ってるんだ、そんなものを……」
「人型ロボットにお使いを頼んでるんだよ~」
「また無駄なものを……」
「これが意外とバレないんだよね~」
束の無駄な努力に呆れながらも、一夏は冷蔵庫を開いて材料を確認する。
「その様子じゃ、ろくに野菜も食べてないんだろ」
「人間の脳はブドウ糖さえ摂取しておけば働くからね~」
「はぁ……お前の偏食っぷりは昔から変わらないな。ちょっとまってろ、少し遅いが晩飯を作ってやるから」
「お~! 言ってみるものだね~。それじゃあ、いっくんの料理が出来るまで、束さんはこの監視カメラで遊んでるよ~」
「遊ぶな!」
一夏に怒られ、束のウサミミが一瞬だけ揺れたが、そんなことは一夏にとっても束にとっても些末事なので気にしなかった。
「いっくんはこんなところで生活してるべき人じゃないのに、不満とか無いの?」
「静かに暮らせるなら、山奥だろうがIS学園の敷地内だろうが気にしない。まぁ、山奥だと買い出しとかが不便だから、ここで十分満足しているが」
「いっくんも十分世捨て人だからね~。そうだ! いっそのこと束さんと一緒に――」
「お前と同居するくらいなら、篠ノ之道場で師範代として住み込ませてもらうさ」
「いっくんのいけず~!」
会話しながらも、一夏は確実に料理を仕上げていく。束も一夏の手際の良さに感心しながらも、自分も手伝おうとかそんな殊勝な考えは懐かなかった。
「箒ちゃんはまともに料理が出来るのに、どうして束さんには出来ないんだろうね~? 世界七不思議に含まれても不思議じゃないくらいの謎だよ~?」
「単純にお前が下手なだけだろ。練習しようともしないし、最初からやろうともしなければ上達もしないだろうが」
「だって、料理なんて出来なくても生きていけるもんね~。お金さえ払えば料理は食べられるし」
「お前がファミレスなんかに行ったらそれだけで大騒ぎになろうだろうが」
「だから人型ロボットにお使いに行ってもらってるんだよ~」
束は束で苦労しているのだが、本人が苦労だと思っていないので一夏も同情しない。同情されても嬉しくないだろうし、苦労しているのは一夏も同じなのだ。
「そう言えばいっくん」
「何だ?」
「今日ちーちゃんと箒ちゃんは雄と一緒に寝泊まりしてるんだよね?」
「小,中学校の友人だろ。俺も何度か会った事がある」
「ちーちゃんと箒ちゃんの立派に育った胸を見て暴走したりするんじゃないかな~?」
「暴走したところで、千冬や箒の方が強いからな。捻り上げられて庭に吊るされて一晩を過ごすのがオチだろ」
「その光景は見てみたいね~。そうだ! ちょっとその雄共の思考を弄ってちーちゃんたちを襲わせてみるのはどうかな?」
「やってみろ?」
満面の笑みでそう答えた一夏に対して、さすがの束も反省をした。非人道的な行為を嫌う一夏の前で失言だったと反省した束だったが、それも一瞬の事で、必要以上に暗くなることは無かった。
「千冬と箒にとって、俺やお前の妹という色眼鏡で見てこない貴重な友人なんだ。その関係に口や手を挿むべきじゃない」
「有象無象の評価なんて気にしなきゃいいのに~」
「俺やお前のように、アイツらは世間の評価を気にしないという境地に至ってないんだろ。それに、あれくらいの年齢から世捨て人になるのはな……」
「まぁ、ちーちゃんと箒ちゃんには幸せになってもらいたいし、束さんも今回は自重しておくよ」
「そういって自重したことあったか? IS発表の時だって、俺はもう少し慎重になるべきだと言ったんだが」
「何事もインパクトが大事なんだよ!」
「もういい……ほら、出来たぞ」
束の前に料理を差し出した一夏の表情は、何処か楽しげで、何処か疲れているようだった。
一夏がオカンみたい……