楯無を見送ってから、一夏は誰もいない草むらに声をかける。
「箒は今学園にいないぞ」
「そんなことは知ってるよ~。今日はいっくんに用があって来たんだから~」
「何処から忍び込んだのかは置いておくとして、毎回毎回あのセキュリティを潜り抜けてくるのは大したもんだ」
「いっくんに気取られないようにいろいろと開発してるんだよ~」
「その努力をどっかの国で発揮していれば、今頃お前は億万長者だっただろうに」
ひょこと頭を出した束に、一夏は憐憫の視線を向ける。その視線を受けた束は、何処か幸せそうな表情を浮かべている。
「相変わらずの変態だな」
「こんな表情を見せるのはいっくんにだけだよ~」
「見たくもない……」
「あれ!? ここは照れるところだよ~!」
バッサリと斬り捨てられ、束はびっくりした表情で一夏に詰め寄ったが、あっさりと退けられた。
「それで、何の用で忍び込んできた」
「いっくんが嫌ってる役人連中の情報を持ってきたんだよ~」
「役人の?」
「私がちーちゃんと箒ちゃんにISをプレゼントしたでしょ~? そのISのデータを欲しがってるらしいんだよね~。もしかしたらクラス代表をちーちゃんか箒ちゃんに代えろとか言ってくるかもよ~?」
「既に言って来ているが、相手にしなかったから諦めたようだ」
「それが諦めてないようなんだよね~。アメリカ政府も怪しい動きを見せているし、もしかしたら襲撃されるかもよ~?」
「それはお前だろうが。前々から製造していた無人機が完成したから、代表戦のタイミングで披露しようとか計画してるのか? それで千冬と箒にも出動させ、自分の造ったISを自慢しようとか」
「さすがいっくん。私の事は何でもお見通しだね~」
あっさりと計画を認めた束に、一夏は拳を振り上げ――そのまま振り下ろさずにため息を吐いた。
「千冬と箒にとってもいい訓練になるかもしれないが、くれぐれも施設を壊したりするなよ」
「その辺りは大丈夫だって。壊してもちゃんと直すから」
「……壊すの前提で話を進めるな」
「いっくんは心配性だな~。多少壊れたからっていっくんの気配察知能力があれば、そうそう不審者なんて忍び込んでこないって」
「現在進行形で忍び込んでいる奴が言うな」
「束さんのは、忍び込みじゃなくていっくんに会いたい一心だから良いんだよ?」
「良くないだろうが……」
まったく反省しようとしない束に、一夏は何度目かのため息を漏らした。
「いっくん、そんなにため息ばっか吐いてると幸せがなくなっちゃうよ~?」
「お前が余計な事をしなければ、これほどため息を吐くことも無いだろうがな」
「それじゃあ、束さんが責任を持っていっくんを幸せにするよ~」
「お前と一緒じゃ一生不幸にしかならないだろうが」
「そんなこと無いと思うんだけどな~? 愉快痛快な毎日を送れると思うよ~?」
「俺は平穏無事な毎日が良いんだ」
同い年とは思えない程、束は子供っぽく一夏は疲れ果てている印象がある。
「いっくんは年の割に落ち着き過ぎだよ~。もっと若さを感じられるような生活をしないと~」
「お前はもう少し年相応な態度を身に着けたらどうだ? 今のままじゃ箒の方が姉のような雰囲気だぞ」
「箒ちゃんは剣道とか剣術をやってたから、落ちついた雰囲気を出すのが上手なだけで、すぐに激昂するあたりは子供っぽいと思うけどな~」
「どっちが姉でどっちが妹でも別に構わないが、とにかく! 余計な仕事を増やしてくれるなよ? ただでさえ面倒事を抱え込んでいるんだ。これ以上面倒事は御免だ」
「いっくん、最近ますますやつれてない? ちゃんと食べてる?」
「……新入生も一ヶ月経って漸く落ち着き始める頃なんだ。お前が余計な事をして騒がれたらますます忙しくなりかねん。その辺りをちゃんと考えてくれ」
「いっくんのお願いじゃしょうがないね。それじゃあ、送り込む無人機は一機だけにしてあげるよ~」
「何機送り付けるつもりだったんだ、お前は……」
これが最大の譲歩だと言わんばかりの態度に、一夏はもう一度ため息を吐いた。これ以上は束も譲歩しないだろうということが分かるので、一夏は左右に頭を振って気合いを入れ直した。
「今度相応の報酬を要求するからな」
「束さんの全裸写真集でいいかな?」
「速攻で消し炭にしてやる」
「酷っ!? これでもちゃんと成長してるんだぞ~?」
「興味ない。さっさ帰れ、この不法侵入駄ウサギが」
「いっくんが結婚出来ない理由って、いっくんが女性に興味がないこともあるんじゃないかな~?」
「別に結婚する理由もないからな」
「いっくんの子供を産みたがってる雌は沢山いると思うけどね~」
それだけ言い残して、束は音もなく消えていった。一夏はもう一度だけ――今日最大のため息を吐いてから部屋の中に戻ったのだった。
酷い会話と凄い会話が織り交ざる……