一夏の特別補習をみっちりと受けた二人は、ふらふらしながら寮の部屋に向かう。
「IS学園の部屋割りは二人一組だったはずだよな」
「ルームメイトは誰なんだ?」
「さぁな。気を遣わない相手なら良いんだが」
そういいながら、二人は同じ部屋の前で立ち止まる。
「ここが私の部屋か」
「なにっ!? 私の部屋もここなんだが」
「つまり……どういう事だ?」
「私が知るわけないだろ」
部屋の前で立ち尽くす二人の背後に、良く知る気配が現れた。
「一夏兄、どういう事ですか、これは?」
「どういう事も何も、お前らは同じ部屋だという事だ」
「何故私と千冬が同じ部屋なのですか?」
「何故と言われても困るんだがな……」
一夏は視線を外に向けながら頭を掻く。この仕種を見せる時は、一夏が言うかどうか迷っている時だと知っている二人は、一夏が決心するまで黙って待っていた。
「お前らがIS界の中心人物の身内だという事は、学園に勤めている者全員が知っている事、というのは分かるな?」
「「はい」」
二人としては、あまり比べられたくないと思っているのだが、世間から見れば自分たちの兄や姉が有名で、自分たちはその妹だとしか見てくれないのだ。
「言い方が悪いからあまり言いたくなかったんだが、お前たちは腫れもの扱いされている。下手に扱って心証を悪くするのを避けたかったんだろうな。だから旧知の仲である織斑と篠ノ之をルームメイトにすることで当座をしのぐ事にしたんだ」
「腫れもの、ですか?」
「学園は俺の為人はある程度知っているが、篠ノ之束という人物の為人は知らない。もし下手に扱って束の怒りを買ったら、と考えても無理はないだろ。その点、織斑がルームメイトなら、下手な事は起こらないだろうしな」
「つまり、私は箒の事情に巻き込まれただけだと?」
「いや、お前の事も下手に扱う事は避けたかったんだろうな。万が一オルコットとルームメイトになれば、お前らは一日もたずに喧嘩するだろ」
「「………」」
朝の事を思い出し、二人は互いを見て力強く頷いた。こいつなら数秒経たずに血祭にあげるだろうと。
「そんな事になれば、国際問題に発展する恐れがある。あれでもイギリス代表候補生だからな」
「あの、一夏さん」
「何だ?」
「その、代表候補生というのは、そんなに偉いのですか?」
「そういえば知らないんだったな……」
呆れているのを隠そうともしない一夏の態度に、質問した箒だけでなく千冬も視線を逸らした。
「言葉の通り、国家代表の候補生だ。その国によるが、大抵は候補生には専用機が貸し与えられる。その所為で自分は偉いと勘違いする候補生が僅かながら存在するのだが、オルコットはその少数派だな。実力はあるようだが、候補生としての立ち居振る舞いは全く出来ていない。別に偉いわけじゃないが、下手にプライドを刺激すると面倒な事になりかねないから、気を付けるように」
「向こうが絡んでこない限り、こちらから吹っ掛けるつもりはありません」
「私たちは、喧嘩は全買いですが、こちらから売ることはしていません」
「そうであることを願うが、出来る事ならここでは売られた喧嘩を買う事は止めてもらいたい。止めるのが面倒だからな」
「一夏兄でもそんなことを思うんですね」
一夏が『面倒だ』と言ったのが意外だった千冬は、かなり本気で驚いている。箒も同様に目を見開いて驚きを表現していた。
「ただの小娘共の喧嘩ならともかく、国際問題に発展する可能性を孕んでいるんだ。面倒だと思うだろ」
「まぁ、そうですね……」
「とにかく、出来る事なら平穏無事な三年間を過ごすよう心掛けてくれ。俺としては、束が絡んでこないようにするので手一杯だからな。お前らの事まで意識を割く余裕は無い」
「姉さんが申し訳ありません……」
「お前が悪いわけじゃないさ。とにかく、お前らの立場は非常に微妙だという事だ。下手に騒ぎを起こせば最悪退学という事にもなるから、それだけは気を付けるように」
「「分かりました」」
二人の返事を聞いて満足したのか、一夏は音もなくこの場からいなくなった。
「相変わらず一夏さんは凄いな……」
「とにかく部屋に入るか。話はそこでも出来るだろ」
「そうだな……廊下側と窓側、どっちがいい?」
「私はどっちでも構わない。お前が決めろ」
「じゃあ、私が窓側で」
千冬は睡眠にはこだわるが、寝る場所や寝具に関してのこだわりはない。寝られるならどこでも構わないが、睡眠を邪魔されるのだけは我慢出来ないという性質なのだ。
「とりあえず無事に一日目が終了、ということなのか?」
「無事だったかは微妙だがな……てか、この宿題を片付けない事には、終了とは言えないだろ」
一夏から出された課題の山を見て、千冬と箒は今日一番のため息を吐いたのだった。
この一夏は難しいな……