千冬たちの試験が終わったので、一夏も本格的に学園改革に乗り出した。まずは轡木学長の退任の準備と、千秋を学長に迎える為の手続き、碧や虚の教員採用試験の準備、スコールとオータムを受け容れる準備、そしてアメリカ軍との交渉など、やる事はかなりあるのだ。もちろん、一人でやる必要は無いのだが、一夏一人でやった方がいろいろと短縮出来るので今回は真耶に手伝ってもらう事はない。
「ダーリン、学生の試験が終わったばっかりだっていうのに忙しいわね~。この間の襲撃の時だって、私を使ってくれればもっとスマートに終わったのに」
「また傷が無いのに血がばら撒かれていたら怖がられるだろうが。ただでさえ生身でISを撃退したという事で微妙な目で見られているというのに」
一夏ならそれくらい出来るだろうと思われていても、実際にそれをやったと知らされ、多くの生徒は一夏の事を畏怖の目で見る事が増えた。それと同時に、尊敬の眼差しも増えているのだが、一夏が気にしているのは前者の視線だけだった。
「ダーリンの実力なら、それくらい出来て当たり前だって思ってたはずなのに、やっぱり普通の人間にとっては衝撃的だったのかしらね? IS学園に通ってるんだから、普通の人間じゃないとは思うけど」
「最年長でも十八の小娘共だからな。現実として受け入れるには、人生経験が不足しているんだろう」
「それだけじゃないとは思うけど、それでもダーリンを恐れるのは間違ってると思うのよね? ダーリンがいなかったらもっと大変な事になっていたわけだし」
「俺がいなくても、小鳥遊や刀奈、虚がいたからそれ程酷い事にはなってなかったとは思うぞ? というか、亡国機業がおまけでついてきたのは、完全に俺の所為だしな」
「おまけって、そんな簡単に扱えるような連中じゃ無いと思うんだけど? まぁ、ダーリンの前では神だろうがおまけ扱いだけどね」
「いや、どんな存在なんだよ、俺は……」
飛縁魔のセリフに頭痛を感じながら、一夏はそれぞれの手続きを同時並行で進めていく。さすがの飛縁魔でも一夏の手際の良さに驚きを禁じ得なかった。
「相変わらずダーリンの作業速度は人間の限界を超えてるわね……普通なら一週間以上はかかるわよ、この量なら」
「冬休み前にはある程度目途を立てておかないと、いろいろと面倒になるからな……入学希望者の調査なども残ってるし、こっちに時間を使いたくないんだ」
「それって学園がするべき事よね? ダーリンが実質的に経営するのは来年からじゃなかったかしら?」
「元々人に仕事を丸投げにしてるんだ。今更どうこう言うつもりは無い」
「相変わらず損な性格よね、ダーリンは」
一夏に一息入れてもらうため、飛縁魔は慣れない手つきでお茶を用意し、一夏の前に置く。
「どういう風の吹きまわしだ?」
「これくらいはするわよ。ダーリンが頑張ってるのを、私はただ見てるだけしか出来ないんだし……」
「こうやって話し相手になってくれるだけでも、だいぶ救われてるんだがな」
「そんなの、私じゃなくても出来るでしょ? 最近はダーリンといい雰囲気な女もいるわけだし」
「それが誰なのかはあえて聞かないが、こんな時間に男の部屋に来る女がそうそういるとも思えないがな」
「ダーリンに誘われれば、大抵の女はのこのことやってくるわよ。多少『おいた』されても、自慢話にしかならないわけだし」
「そんなことするわけ無いだろ」
「分かってるわよ。篠ノ之束が全裸で飛び込んできても、その場で正座させてお説教する人だものね」
過去にそういう事があったので飛縁魔はその事例を出したのだが、一夏は当時の事を思い出して頭を抱える。
「後にも先にも、人の部屋に全裸で飛び込んできたのは束だけだからな……」
「というか、そうそうそんな人間がいるとは思えないけどね」
「アイツは人としての常識が欠落してるから、仕方ないと言えばそうなのかもしれないが……」
「『仕方ない』で済ませて良い問題ではないと思うけど? ISの私が言うのもなんだけど、女として終わってるわよ、あの人」
「恥じらいとかが無いからな……その点、箒はお淑やかに育ってくれたよな」
「ダーリンが見てないところではガサツみたいだけどね。それでも、裸でうろうろしたりはしないから良いのかもしれないけど」
「裸で正座させられてる姉を見て、箒も思うところがあったんだろうさ」
過去を思い出してしみじみとそんな事を呟いた一夏だったが、その間も作業の手は滞る事は無かった。
「さて、これである程度は終わったわけだし、後は年明けに採用試験と入試をするだけか」
「お疲れ様。お風呂の準備でもしましょうか?」
「いや、まだする事が残ってるからな」
そう言って一夏は別の資料を引っ張り出し、再び作業を開始したのだった。
もう少し政府の人間も学園の人間も働け……