特別講義を受け、今日も死にそうになりながら部屋に戻っていく千冬と箒だったが、教室を出るタイミングで先ほどの事を思い出して一夏に視線を向けた。
「何か質問でもあるのか?」
「今の講義の事ではありませんが、お時間よろしいでしょうか?」
「……山田先生」
「はい」
「少し織斑と篠ノ之と話がありますので、先に職員室へ戻っていてください」
「分かりました」
真耶とラウラが教室から出ていくのを見送ってから、一夏は手近な席に腰を下ろして二人に視線を向ける。
「何が聞きたい?」
「あの新聞の事。それから、さっき生徒会室から物凄い殺気が漏れていたんですが、あれは誰のものでしょうか?」
「生徒会室? あぁ、黛を訊問するとか言っていたから、更識姉か布仏姉のものだろう」
「一夏兄は気づかなかったんですか?」
「気にしなかった、というのが正直なところだ。あの程度の殺気なら、気にする必要もないだろ」
「それは、一夏さんがあれ以上の殺気を放つことが出来るからだと思いますが……私や千冬でも、あの殺気はなかなかのものだと感じましたが……」
「あれでも暗部の人間だから、殺気くらい飛ばせるだろう。そしてどうやら、黛は情報を盗み見たらしいからな」
「ちょっと待って! 一夏兄、知ってたの?」
「何をだ?」
恍けた様子もなく問い返す一夏に、千冬は一度落ち着いてからゆっくりと質問する。
「今日本音のお姉さんや簪のお姉さんが訊き出そうとしてた事を、一夏兄は知っていたんですか?」
「いや? さっき小鳥遊が教えてくれただけだ」
「さっき? ずっと教室にいましたよね?」
少なくとも、千冬と箒は碧の姿を見ていないし、一夏が携帯を操作していた様子も無かった。それなのに何時聞いたのか、千冬と箒はそれが気になったのだ。
「お前ら程度では気付けないようだな」
「何の話です?」
「いい加減姿を現わしたらどうなんだ?」
一夏がそう発すると、教室の隅に気配が生じ、陰から碧の姿が現れた。
「これでもそれを生業にしてたわけだし、高校生に気づかれるわけにはいかないもの」
「だが、今後はそんな技術、必要なくなるんじゃないか?」
「どうかしらね? ここには各国から生徒が送り込まれてくるわけだし、その中にスパイがいるかもしれないでしょ? その子を調べる時に、役に立つかもしれないわよ?」
「そんな輩、入学前に弾くに決まってるだろ」
「織斑君が入学志望者の選定もするの? それだったら必要なくなるかもね。篠ノ之さんを使って、事前調査が出来るわけだし」
「アイツに頼らなくても問題無いがな」
「……一夏兄と小鳥遊さんは、人間のレベルを優に超えていますね」
「ウチの姉さんもだが、もう少し常識の範囲内で話を進めてもらいたいのですが」
千冬と箒も十分に人外と称される程の実力者だが、その二人を以てして、一夏と碧は人外だと思わざるを得ない。それだけの実力差を見せつけられたというのもあるが、二人はまったく碧の気配に気づけなかったのだ。
「兎に角、生徒会室から漏れ出た殺気は、お前たちが気にするようなものではないから安心しろ。近いうちに正式に発表されるだろうし、新聞に載った憶測記事の事も気にするな」
「でも、あの日は確かに周辺に殺気が集まっていましたし、翌日正門が爆破されていた事を考えれば、一夏さんが対処したと分かります」
「それにしても一夏兄、敵はどうしたの? 全員殺したの?」
「そんなわけ無いだろ。全て片付くまでは大人しくしてもらっている。まぁ、お前たちの試験が終わる頃には、こっちも全て終わってるだろうが」
「どういう意味?」
千冬が興味津々に一夏に問いかけるが、一夏は何も答えず立ち上がった。
「そんな事を気にしてる暇があるなら、もう少し勉強に身を入れたらどうなんだ? このままではお前たちが、真耶のボーナスだけでなく、休みも取り上げる事になりかねん」
「「うっ……」」
「事後処理で忙しいのに、その上休み返上で補習までやらなければならなくなる真耶の気持ちを考えれば、もう少し気合いを入れられるんじゃないのか? ましてや、やらなくてもいい特別講義までしてくれてるんだ」
「「は、はい……頑張ります」」
同じく問題児扱いされていたラウラは、理解力が高くしっかりと特別講義で得た知識を吸収しているが、二人はそうはいっていない。すっかり離されてしまった今、この二人だけが補習の可能性が高いのだ。
「他にも不安要素はいるが、とりあえずお前たちが何とかなれば、補習なんてしなくてもいい授業をしなくて済むんだから、頑張れよ」
「「は、はいぃ……」」
「それじゃあ、私はこれで」
「頑張ってね」
一夏と一緒に教室から消えた碧に驚きつつ、二人は自分たちの成績の酷さを再認識し、もう一度ため息を吐くのだった。
そしてしれっと現れる碧さん……