心配事が片付いたことで、楯無と虚は学生の本分である勉強に勤しんでいた。といっても、彼女たちはそれぞれ学年トップの成績を収めているので、勤しむ必要はあまりないのだ。
「事後処理で振り回される心配がないとはいえ、生徒会業務が無くなるわけじゃないのよね……」
「勉強も大事ですが、お嬢様は生徒会長なわけですから」
「来年は誰かに譲ろうかしら……そろそろ本格的に国家代表としての仕事が忙しくなるでしょうし」
「ですが、お嬢様に勝てる相手がこの学園にいるでしょうか? もちろん、織斑先生を除いて、ですが」
そもそも教師である一夏に生徒会長の資格は無いのだが、楯無が生徒会長の定義を使ってくだらない事を言い出しそうなのを感じ取って、虚は先回りをして楯無のボケを封じ込めた。
「来年には篠ノ之博士が監視員として学園に来ることになってるし、碧さんも先生になるかもしれないわけだし、私より強い人はいくらでもいそうだけどね」
「ですが『学生』ではありませんので」
「いっその事、簪ちゃんに――って、簪ちゃんも代表を目指すので忙しくなるでしょうし、早く簪ちゃんに国家代表になってもらわないといけないから、簪ちゃんは却下ね……そうなると、本音?」
「あの子に生徒会長が務まるとは思えません。お嬢様が卒業される再来年は仕方ないにしても、来年はお嬢様が引き続き会長職を務めるのが一番かと思います」
「でもさ、虚ちゃんも卒業しちゃうわけだし、私一人じゃこの仕事量を片付けられる自信が無いんだけど……」
「来年はこれほど忙しくは無いと思いますがね。今年が異常なだけです」
「まぁ、いろいろあったしね……って、しみじみしてる場合じゃないのよね。一応復習をしておかないと」
「生徒会長が補習になんてなったら、全校生徒から笑われるでしょうね」
「そこまでにはならないと思うけど……トップ陥落はあり得そうだし、しっかりと復習しておかないと」
復習といっても、この二人にとってノートを見直すだけなので、テスト前日にすればそれで十分なのだ。それでもしっかりと復習するのが、この二人が学年トップたる要因だろう。
「真面目に勉強して偉いですね」
「碧さん。どうかしたんですか?」
「いえ、教員採用試験に向けて勉強してるんですが、ちょっと休憩しようと思いまして」
「碧さんって確か、勉強が嫌いだって言ってませんでした?」
「えぇ、嫌いですよ。どれだけ頑張っても織斑君や篠ノ之さんに勝てませんでしたし」
「その二人に挑もうだなんて、碧さんも相当な猛者だったんですね」
「そんな事ありませんよ。万年三位でしたから」
「それって、一夏先輩と篠ノ之博士以外には勝ってたって事よね?」
「全問正解の二人と比べれば、誰だって霞んじゃいますけどね」
「規格外と比べるのは間違っているのでは?」
虚のツッコミに、楯無と碧は声を抑えて笑い出す。
「虚ちゃんが言うと凄い面白いわね。確かに一夏先輩も篠ノ之博士も規格外だとは思うけどさ」
「実際クラスメイトたちからもそう思われていましたし、間違ってはいないのでしょうが、虚ちゃんのように真面目なトーンで言うと、なんだかおもしろいですね」
「そうでしょうか? 織斑先生や篠ノ之博士の頭脳が、私たち一般人とは違うのは周知の事実ですし、それを規格外と称するのは当然だと思いますが」
「そうやって、真面目に分析してるから面白いのよ」
楯無の言葉に、虚はイマイチ納得していない表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。
「そういえば虚ちゃんも先生にならないかって誘われてるのよね? どうするか決めたの?」
「いえ、私はそっちの前に卒業試験がありますし」
「虚ちゃんなら間違いなく合格でしょうし、教員採用試験も問題無くパスしそうだけどね」
「何事も油断は大敵です。気を引き締めて挑まなければ、思いもよらない出来事が起きるかもしれませんし」
「やっぱり虚ちゃんは真面目よね。虚ちゃんのような先生がいれば、織斑君も少しは楽が出来るかもしれないわね」
「碧さんだって、かなり期待されてるようですよ? 何せ、一夏先輩のポジションを期待されてるんですから」
「つまり、生徒から尊敬されるような教師になれって事ですか? 諜報なら兎も角、戦闘はそれ程得意では無いんですけどね、私は」
「そんなこと言って、虚ちゃんでも敵わない程の暗器術の使い手じゃないですか、碧さんは」
「さて、何のことでしょうか?」
「当主の眼は誤魔化せないわよ?」
楯無の言葉に、碧はポーカーフェイスのまま一礼して両手を上げた。
「やっぱり刀奈ちゃんには知られてますよね。まぁ、隠してるわけでも無かったですけど」
「というか、実質的なナンバーワンじゃないですか、碧さんは」
「そんな事ないと思いますけどね」
謙遜か本音か分からない表情で答えた碧に、楯無と虚は苦笑いを浮かべるのだった。
二人の陰に隠れがちですが、かなりの人外ですから、碧さんも……