本音を介して更識を畳む事を聞いた簪は、怒られない程度で急いで生徒会室に向かった。
「お姉ちゃんっ!」
「簪ちゃん? どうかしたの?」
「更識を廃業させるって本当なの?」
「本音から聞いたのね」
「答えてっ!」
何時ものようにはぐらかされると思った簪は、少し語気を強めて楯無に詰め寄る。まさか簪がそこまでしてくるとは思っていなかったので、楯無だけでなく生徒会室にいた虚も驚きを隠せずにいた。
「今回の件で更識の力は下降傾向にあるのは簪ちゃんも分かるわよね?」
「それは分かるけど……でも、大半は減俸だけで済ませるって」
「他の就職先が決まるまでは、更識にいてもらっても構わないって言ってあるわよ。でもね、もうこれ以上暗部組織を続けていくだけの自信も、気力も、資金も無いのが現実なのよ……もちろん、私一人で決めたんじゃなくて、虚ちゃんのご両親や、碧さんとも相談して決めた事よ」
「何で? 何で私には相談してくれなかったの? 全部お姉ちゃんが背負って、お姉ちゃんだけが辛い思いをしなきゃいけなかったの?」
「簪ちゃんは私の事を心配してくれていたのね。ほんとにありがとう。でも、これは当主である『楯無』が背負わなければいけない事だもの。たとえ妹であろうと、この重責は分けてあげられないの」
「……織斑先生には、相談したの?」
「一夏先輩? 今回はさすがにしてないわよ。一夏先輩だって、家族がしてきた事の清算で忙しそうだったし、さすがにここまで付き合わせたら可哀想だもの」
何故一夏に相談したのかを聞いてきたのかが分からなかったが、楯無は嘘偽りなく簪の問いかけに答えた。
「暗部組織を止めたとして、今後はどうするつもりなの?」
「暫くは普通の女子高生でいようかなとは思ってるけど、既にロシアの国家代表としての地位も確立しているし、元国家代表ならIS学園で教師として雇ってくれるんじゃないかなって思ってるわ」
「私たちは? 別々に暮らす事になるの?」
「簪ちゃんと本音? 例え更識家が無くなったとしても、二人を引き裂く事はしないわよ。虚ちゃんのご両親も、私たちの事をサポートしてくれるって言ってくれてるし」
「そうじゃないよ! 『更識家』が無くなったら、私とお姉ちゃんはずっと別々に暮らす事になるのかって聞いてるんだよ!」
「……今までだって一緒には暮らしてなかったじゃないの」
自分は嫌われていると思っていた楯無にとって、簪のこの言葉は予想外だった。簪が入学したての頃よりかは関係が修復されているとはいえ、ここまで言ってもらえるまで仲が回復していたとは思っていなかったのだろう。
「お姉ちゃんが私を危険から遠ざける為に、わざと私を突き放すようなニュアンスで物事を言っていたって、本音から聞いた」
「何で喋っちゃうかな、あの子は……」
「あの時は自分の事しか考えられなくて、お姉ちゃんに嫌われてるって思ってたけど、そんな私をお姉ちゃんはずっと守ってきてくれてたんでしょ? それなのに、何の恩返しも出来ずに別れるなんて、そんなの嫌だよ!」
「簪お嬢様。お嬢様も簪お嬢様と離れ離れになることを望んでいるわけではありませんし、簪お嬢様も日本代表として実績を残せば、IS学園の教師として雇っていただけると思います。そしてこの学園には教員寮がありますので、お嬢様と簪お嬢様、お二人で生活する事も可能です」
「その事ですが――」
「み、碧さん……」
音も無く現れ、いきなり会話に加わってきた碧に、三人とも驚きの表情を見せ、楯無に至っては若干非難めいた視線を向けている。
「まぁまぁ、私がいきなり現れるのは何時もの事ではありませんか」
「それはそうかもしれないですけど、毎回こうだと心臓に負担が掛かりすぎるんです」
「それは失礼しました。今後はゆっくりと現れる事にしましょう」
「普通に現れてくれませんかね?」
楯無の非難に、碧は肩を竦めるだけしかしなかった。
「その事については、今後ゆっくりと話し合う事にしましょう。それよりも、今はIS学園の事です」
「ここがどうかしたの? まさか、閉校になるわけじゃないでしょうね?」
「そんな事はあり得ませんよ。既に来年度入学希望者の願書を受け付けているのですから」
「そうよね……」
自分でもあり得ないと思っていた事だが、はっきりと碧に否定してもらって、ちょっとだけ安心した楯無は、少しだけホッとした表情で碧を見詰めた。
「それで、IS学園がどうかしたの?」
「はい。来年度から織斑君が実質的な経営権を手にしたようで、大幅に改善が見込まれるでしょう。私も、教師として来ないかと誘われました」
「碧さんが? それは良かったじゃない」
「そして、虚ちゃんも一緒にどうだと、先ほど織斑君に言われ、私がこうして生徒会室に虚ちゃんの意思を確認しに来たのです」
最後の一文に、楯無と簪だけでなく、張本人である虚もかなりの衝撃を受けたのだった。
IS学園に戦力が集まってる気もしないでも……