学園全体の気配を探っていた一夏は、自分の部屋に近づいてくる二つの気配に気づき、ため息を吐いた。
「あいつらは……自分たちの状況が分かってるのか?」
身内だからこそ容赦しないと、一夏は用件次第では二人に説教すると決意し、二人が部屋に来るまでしっかりと周囲を警戒していた。
『一夏兄、今良いだろうか?』
「ダメだと言っても入ってくるんだろ? さっさと入ってこい」
『……失礼します』
さすがに見抜かれているので、千冬もバツが悪そうにそう断ってから扉を開ける。そして恐る恐る部屋に入ってすぐ、一夏の前に座り込み頭を下げる――所謂土下座だ。
「これは何の真似だ?」
「お願いします、一夏兄! 私たちに勉強を教えてください!」
「お前たちは真耶の特別講義に参加していたんじゃないのか? アイツの講義をしっかり聞いていたなら、それなりにテスト対策は出来ているはずだが」
「聞いているだけで理解出来るほど、私たちの頭は優秀じゃないんです」
「開き直るな。そもそも、特別講義中も別の事を考えてたんじゃないのか?」
一夏に問われ、千冬と箒はさすがにそんなことしないと否定するが、何故か視線が泳いでいる。それを目敏く見つけた一夏は、ため息を吐いて二人を睨みつける。
「正直に言え。特別講義中に何を考えていた」
「それは……このまま補習になったらいろいろとマズいな、とか」
「集中しなければと思えば思う程、別の事が気になってしまいまして……」
「そういえばお前らは昔からそうだったな……」
剣道の指導をしていた時も、集中しなければ危ないと言った場面程、集中力が散漫していた事を思い出し、一夏は成長していない二人を見て苦笑いを浮かべる。
「教師である私がお前たちに特別指導をするわけにもいかない」
「それは分かってます! だから『織斑先生』にではなく『一夏兄』にお願いしてるんです」
「そんな屁理屈が通ると思ってるのか? お前が言っている二人の人物は同一人物であり、教師が生徒を特別視したという事になる」
「そこを何とか! このままででは私たちが殺されてしまう」
「殺される? 誰に?」
「い、いえ……今のは聞かなかったことに……ちょっとした妄想をしてみただけなので」
「そんな暇があるなら勉強したらどうなんだ? ボーデヴィッヒはそれなりに理解しているようだと真耶から報告が来ているが?」
「だから焦っているんです……このままでは、私たちだけが補習になってしまうのではないかと」
「焦る理由がボーデヴィッヒとはな……お前たち、自分の成績の悪さを自覚していないわけじゃないんだろ?」
一夏に問われ、二人は居心地の悪さを感じながら頷く。さすがに自分たちが成績不振者であることは自覚しているので、ここで何を言っても意味は無いと理解しているのだ。
「今から真耶に泣きついて、要点をまとめたプリントでも作ってもらうんだな。それを重点的にやれば、十点は違うだろ」
「ですが、山田先生が作ってくれるでしょうか? 特別講義まで開いたのに理解していない私たちの為に」
「お前たちは特別な問題児だからな。真耶がそれをしたからといって特別扱いした事にはならないだろう。いや、ある意味特別扱いなのかもしれないが」
「そ、そこまでなんですか……?」
「前にも言っただろうが。座学最下位とその一個上がお前たちだと」
「「はい……」」
反省するしかない事を言われてしまい、二人は正座したまま俯く。一夏が立っているために余計に怒られているような光景だなと、二人は他人事のようにそんな事を思っていた。もちろん、自分たちが怒られているのは分かっているので、口には出さなかったが。
「真耶には俺から連絡しておくから、一時間後に職員室か寮長室を訪ねると良い。真耶は普段トロイがこういう時は素早いから、その程度で作り終えるだろうからな」
「一夏兄、山田先生の事、随分と詳しいね」
「当たり前だろ? それなりに付き合いが長い後輩だし、仕事ぶりを見てきたんだからな。というか、くだらない勘繰りをしてる暇があるなら、プリントが出来上がるまでの間しっかりと復習しておけ。山田先生がここまでしたんだから、お前たちは平均以上取れなかった場合補習とする」
「「そんな……」」
「それが嫌なら、さっさと部屋に戻り勉強する事だな。一分居座る毎に合格点を一点上げてやろう」
「急げ千冬! これ以上合格ラインを上げられたら私には無理だ」
「私だって無理だ! それじゃあ一夏兄、ありがとうございました」
弾かれたように立ち上がり、一礼してから走って部屋から出ていった二人を見送り、一夏は真耶にメールを送る。
「やれやれ……真耶から相談された通りの事になっているな」
実は真耶から相談を受けていた一夏は、苦笑いを浮かべながらテスト対策プリントをコピーする旨を書いたメールを見て頭を掻くのだった。
ちゃんとフォローしている一夏さんでした