部屋で本音の勉強を見ていた簪は、少し休憩したいという本音の思いに負け、食堂に顔を出した。
「それ食べたらまた勉強だからね?」
「分かってるよ~。それにしても、かんちゃんは相変わらず教えるのが上手で助かるよ~」
「別に特別な何かをしてるわけじゃないんだけど。本音が授業に集中してないから、理解出来てないんじゃないの」
「集中してるよ~。まぁ偶に、別の事を考えたりしてる時もあるけど」
「それは集中してないんじゃない?」
簪の問い返しに、本音は笑って誤魔化してケーキを口に運んだ。このやり取りはある意味いつも通りなので、簪も追及する事はせず、お茶を一口啜る。
「ところで本音」
「ほえ~?」
「生徒会の仕事は良いの?」
「おね~ちゃんが『貴女はこちらより自分の成績の事を心配しなさい』って」
「虚さんも良く分かってるもんね……」
千冬たち程ではないが、本音の成績も低空飛行なのだ。それでも補習にならないのは、本音が出来るのに手を抜いているからなのだろうと簪は思っている。
「私が教えた分はすぐに吸収するんだから、普段からしっかりすればいいのに」
「常に気を張ってるのは疲れちゃうからね~。それに、かんちゃんが教えてくれるから理解出来るんであって、他の人に習っても分からないもん」
「そんな事あるのかな……でもまぁ、赤点だけは避けてるから、出来なくは無いのかな?」
「今は勉強以外にも気になることがあるし、授業中に注意力が散漫になっちゃうのは仕方ないんだよね~」
「気になる事?」
「楯無様とかんちゃんが同じ人を好きになってるな~とか、おね~ちゃんも少なからず好きなんだろうな~とか」
「そんな事考えてるの?」
「だって、楯無様かかんちゃんと結婚するとなると、私にとっても主様になるわけでしょ~? だったら今からお近づきになっておいた方がいいのかな~って」
「わ、私は別にそんな事思って無いわよ! それに、織斑先生にとって私もお姉ちゃんも生徒の一人でしかないんだから……」
「私は織斑せんせ~だなんて一言も言ってないけど?」
ニマニマと笑みを浮かべながら問い掛けてくる本音に対して、簪は顔を真っ赤にして仕返しをする。
「部屋に戻ったらさっきより厳しく教えるから」
「そ、それは無いんじゃないかな~?」
「本音が悪いんだからね」
「ゴメンって~!」
「今のは本音ちゃんが悪いわよ」
「み、碧さん……いらしたんですね」
「私は簪ちゃんの護衛ですから。ところで、本音ちゃんの成績ってそんなに悪いんですか?」
妹を心配するような姉の顔で問いかけてくる碧に、簪は深刻そうな表情を作って頷いた。
「IS学園に入学する際にも、私が一生懸命詰め込んだお陰らしいですし……」
「私は実技が得意なんですよね~」
「学生の本分は勉強、これはIS学園の生徒でも変わらないと思うけど? それに、本音ちゃんは織斑君のクラスなんでしょ? 補習になんてなればすぐに虚ちゃんの耳にも入るでしょうし、そうなると色々と大変なんじゃない?」
「おね~ちゃんに知られたら、お小遣いカットじゃ済まないかもしれない……かんちゃん、急いで勉強しよう!」
「やる気になったのは良いけど、焦っても身に付くわけじゃないし、ちゃんと理解してね」
「分かってます……」
自分の立場を改めて理解して、本音はふざけたことを言えなくなってしまった。肩を落として部屋に戻る本音と、仕返しが出来て満足顔の簪を見送って、碧は表情を改めた。
「私も相談したい事があるんだけど、いいかな?」
「別に良いが、良く気づいたな」
「受け持ちの生徒が心配なんでしょ? 職員室に向かうついでに様子を見に来たって感じかしら?」
碧が現れた場所とは反対の場所に姿を現わした一夏に、碧は嬉しそうな表情で尋ねる。
「織斑君もちゃんと先生をやってるんだな~って思うと、同級生として嬉しいわね」
「どういう意味だ?」
「ほら、篠ノ之さんほどじゃないけど、織斑君も周りから心配されてたんだよ? あの二人はまともに就職出来るのかって」
「何故俺まで」
「織斑君の場合は、篠ノ之さんに付きまとわれて就職どころじゃないだろうって感じだったけどね」
「そういう事か……というか、そんな事を思われてたのか」
「成績優秀だから、能力的には心配されるわけ無いじゃないの。そもそも、織斑君ならどこでも働けるとは思ってたし、IS学園の教師はまさに天職だと思うわ」
「そもそも束がISなんてものを造らなければ、もっと平和に過ごせてただろうがな」
「そうかしら? 織斑君の周りには不運が付き纏うものだと思うけど?」
「随分と嫌な評価をしてくれるな……それで、相談とは?」
急に雰囲気を改めた一夏につられるようにして、碧も表情を改める。その表情を見て、また面倒な事に巻き込まれそうだと一夏は思ったのだった。
からかうのも上手いのに……