千冬、箒、ラウラの三人が放課後に教室に呼び出されたのは、定期試験二週間前の事だった。何故呼び出されたのかが分からない三人は、呼び出した相手が来るまで三人で話し合っていた。
「お前、最近何かしたか?」
「いや、何もしてないと思うが……」
「私も心当たりがない。一夏教官になら兎も角、山田先生に呼び出されるなんて今まで無かったからな」
「一夏さんも相当忙しそうだが、日に日に山田先生が追い詰められた表情をしていたのも気になる……」
「私たちだけでなく、他の連中にも声をかけてたみたいだが、ここにいるのは私たち三人だけ……」
「シャルロットは何かを覚った顔をしていたが、結局教えてくれなかったしな……」
「シャルロットは何か言ってたか?」
「一言『頑張ってね』とだけ」
シャルロットが何を察したのかが分からない三人は、シャルロットの言葉の意味が分からずますます首を捻る。いったい何を「頑張れ」ば良いのか分からなければ、頑張りようもないのだから。
「お待たせしました」
「山田先生。この集まりはいったい?」
「あれ? 言いませんでしたっけ」
「何も聞いていません。ただ『放課後教室に残れ』としか言われませんでしたので」
そのような言い方では無かったのだが、真耶はそこにはツッコミは入れなかった。ただ自分が焦っていた所為で大事な用件を言わなかったことを反省しているようだった。
「すみません。ちゃんと伝えたつもりだったんですが……どうやら忘れていたようですね」
「それは構いませんが……それで、この集まりはいったい?」
「はい。来る定期試験に向けての特別講義です。来週からは相川さんたちも加わりますが、今週は織斑さん、篠ノ之さん、ボーデヴィッヒさんの三人を対象にした特別講義です」
「何故私たち三人だけなのでしょうか?」
「前回の定期試験、織斑さんが座学最下位、篠ノ之さんがブービー、ボーデヴィッヒさんがその上という、ワースト3が貴女たちなのです」
「「「………」」」
自分たちの成績がそこまで悪いとは思っていなかったのか、三人は絶句してしまい何も言い返せなかった。上位者の名前は発表されるが、下位者の名前は発表されない。もちろん、補習対象となれば名前が発表されることもあるだろうが、前回は三人ともギリギリ補習では無かったのだ。
「このままでは三人とも冬休みの大半を補習授業で潰す事になってしまいます。それを回避する為に、こうやって特別講義を開いた方が良いと、織斑先生と相談して決めたのです」
「一夏兄と? では何故一夏兄がここに来ず、山田先生だけがここにいるのでしょうか?」
「それは私が一年一組の座学担当だからです」
「まぁ、筋は通っているな……」
「だが先生、何か他に隠していませんか? 私たちが補習になるだけで、先生があそこまで追いつめられた表情をするとは思えないのですが」
「そ、それは……」
なんと答えれば良いのか戸惑った真耶を見て、三人はやはり他にも理由があると確信した。だがここで責め立てても仕方がないので、真耶が正直に白状するまで無言のプレッシャーを掛け続けることに決めた。
「こ、今度の定期試験で、学年最下位だったら、ボーナスをカットすると学長に言われまして……」
「つまり、山田先生のボーナスの為に、私たちは勉強させられるという事ですか?」
「そ、そんな事を言うつもりはありません! 純粋に三人の成績を心配してるのも事実ですし」
「それは、そうかもしれませんが……」
「私たちだって独自に勉強したりして、何とかしようとしているんです。特別講義など開かなくても、何とかしてみせます」
「それが信じられないから、こうして呼び出されているんだろうが」
「い、一夏兄っ!?」
突如教室に現れた気配に、千冬は驚きの声を上げ、箒とラウラはただただ焦ったような表情で一夏を見詰める。
「真耶のボーナスは兎も角としても、お前たちの成績が悪いというのは事実だからな。このままでは三人とも留年もあり得る。その事をしっかりと自覚して、特別講義に参加するように」
「そ、そこまで悪いんですか……?」
「さっき真耶も言っただろうが。学年ワースト3がお前たちだとな」
「つまり、平均以上取らないと補習は免れないという事です。ですから、力を合わせて頑張りましょう」
「だからシャルロットは『頑張れ』と言ったのか……」
シャルロットが何を意図して「頑張れ」と言ったのか漸く理解出来たラウラは、そのまま机に突っ伏した。
「現実逃避をしてる暇があるなら、さっさと気合いを入れて勉強に励むんだな。定期的に様子を見に来るから、サボろうとしても無駄だからな」
千冬と箒だけでなく、真耶までも教壇に突っ伏したのを見て、一夏は苦笑いを浮かべるのだった。
真耶のボーナスの為にも、頑張ってもらいましょう