教師としての仕事を進めていた一夏の隣で、真耶が泣きそうな顔で一夏の事を見ていた。
「どうかしたのか?」
「先程学長に呼ばれまして、今度の定期試験でクラス平均がビリだったら冬のボーナス査定に響くと脅されまして」
「普段仕事しないくせに、そう言うところだけはしっかりしてるな、あの爺さんは」
「どうしましょう……ウチのクラスには成績上位者もいますが、補習すれすれの生徒も大勢いますし……今から頑張ったとしても私に何が出来るのか分かりませんし……」
「単純に発破をかけただけだろうから、本気で気にする必要は無いと思うが。第一、あの爺さんにそんな事を言われる筋合いはないんだがな。散々人に仕事を押し付けておいて、特別手当も何も無いんだからな」
「一夏さん、相当ストレス溜まってます?」
学長に対しての鬱憤を吐き出し始めた一夏を見て、先ほどまで泣きそうだった真耶の顔が困惑に染まった。一夏が誰かの悪口を言うなど、真耶が知る限り束だけだったのだから、驚いてしまっても仕方がないだろう。
「兎に角、問題児たちに特別講義でも開いて勉強してもらうしかないだろうな。ウチのクラスの問題児は――」
「織斑さん、篠ノ之さん、ボーデヴィッヒさんが特に危ないですね」
「ボーデヴィッヒは兎も角、織斑と篠ノ之はしっかりと義務教育を受けてきたはずなんだがな」
問題児たちの顔を思い浮かべて、一夏は思わずため息を吐いた。三人とも身内といってもいいくらいの関係なので、尚更なんだろうなと真耶は納得して話を先に進める事にした。
「ボーデヴィッヒさんはデュノアさんに教わっているようですし、織斑さんと篠ノ之さんもこの間オルコットさんや鷹月さんに教わって復習をしていたようですし、特別講義を開かなくても大丈夫ではないでしょうか?」
「そう思うならそれでいいんじゃないか? 懸かっているのはお前のボーナスだからな。俺には関係ない事だ」
「一夏さん……」
「泣きそうな顔になるくらいなら、特別講義を本気で考えた方が良いんじゃないのか? 私はそれどころではないので、山田先生に一任します」
職場モードになった一夏に、真耶は恨みがましい視線を向けるが、真耶程度では一夏を動揺させる事など出来ない。それを理解するだけの付き合いがあるので、真耶はすぐに一夏に八つ当たりをするのを止めて考え込んだ。
「そもそも、織斑先生が担任だからといって、問題児ばかり集まりすぎなんですよ、ウチのクラスは……更識さんのように戦闘も勉強も出来る子ばかりなら、私だって苦労しないのに……」
「口から思考が漏れているぞ」
「……えっ?」
完全に無意識だったようで、真耶は自分が愚痴を零していた事を指摘されて恥ずかしそうに俯く。
「ストレスが溜まっているのは、俺ではなくお前なんじゃないか?」
「そ、そんな事は無いと思いますけど……」
「全て片付けば少しくらいなら付き合ってやるから、もう少し頑張るんだな」
「一夏さんが抱えてる問題が全て片付く時、私の精神が崩壊していないかが心配ですよ……そう簡単に片付く問題ばかりではないでしょうし」
「まぁな……」
自分が抱えている問題の多さに、一夏も嫌気がさすくらいなのだ。真耶がそう心配してしまっても仕方がないかと、一夏は首を左右に振りながらため息を吐く。
「とりあえず今出来る事を片付けていけば、その内に終わるだろう」
「そういえば、更識さんたちの方でも何か問題があるようですけど、一夏さんは聞いてないんですか?」
「現状、アイツらの問題にまで首を突っ込んでる余裕はないからな。頼まれれば力を貸さんでもないが、アイツらも自力で何とかしようとしてるみたいだし、こちらから手を貸すと申し出るつもりは無い」
「そんなこと言っても、更識さんたちがピンチになれば手を貸すんですよね?」
なんだかんだ言っても、一夏が優しい事を知っている真耶は、あえてそう指摘した。だが、真耶程度では一夏に口で勝てるわけがないのだった。
「山田先生のボーナスがカットされても、私は助けませんけどね」
「そ、そんなぁ……というか、一組の担任は一夏さんなんですよ? 何で私のボーナスがカットされなければいけないのですか」
「座学は山田先生の担当だからでは? 私が担当している実技は、トップクラスの成績ですし」
「そうでした……」
現実を突きつけられ、真耶はいよいよ現実逃避が難しい事を実感する。薄々勘付いていた事ではあるのだが、それを受け容れるだけの余裕が無かったのだ。
「とりあえず織斑さん、篠ノ之さん、ボーデヴィッヒさんを招集して特別講義を開くとして、それでクラス平均が飛躍的に上がるとは思えませんね……相川さんや夜竹さんたちも参加してもらって……」
「せめて口に出さない努力をしろ」
ブツブツと呟きだした真耶にそうツッコミを入れ、一夏は自分の仕事に戻るのだった。
窮地になりそうなのは真耶のお財布……