翌日の朝、千冬と箒は早起きして一夏の部屋を訪ねていた。
「こんな時間に何の用だ」
「こんな時間って……一夏兄なら当たり前に起きてる時間じゃん」
「そう言う問題じゃないんだがな……それで、何の用だ」
当たり前のように一夏の膝の上に座っている千冬を完全に無視して、一夏は箒に尋ねた。
「昨日黛先輩から受けたインタビューの事で少し気になることがありましたので」
「何か問題になるような質問を受けたのか?」
「いえ……そういうことではないのですが」
真面目に話したい箒ではあったが、どうしても千冬が視界に入ってしまいとぎれとぎれになってしまう。一夏もそれが分かっているからか、千冬を箒の隣に座らせる。
「それで?」
「あっ、はい! 一夏さんがあのような事にあっさり許可を出すのはおかしいと思いまして……なにか裏があるのではないかと考えたんです」
「別に裏があるわけじゃないんだがな。アイツはジャーナリズムをはき違えている節が見られるから、聞かれるとまずい会話がある時にアイツの所在がはっきりしていないのはいろいろと面倒だったから、それだったらお前たちのインタビューで食堂にいてくれた方が良かったから許可しただけだ」
「聞かれてはまずい話し合いがあったのですか?」
「何時も通り、束関連の話がな。まぁ、聞かれても問題は無かったとは思うが、念には念を入れてというやつだ」
「一夏兄にしては、随分と慎重だね」
「さすがに生徒相手に本気で殴り掛かるのは問題だからな」
「しょっちゅう叩いてるじゃんか……」
「手加減してるだろうが。それとも、手加減無しで叩かれたいのか? お前なら身内だからどうとでも理由をつけられるが?」
「手加減してくれてありがとうございます」
一夏の冗談とも本気とも取れる言葉に、千冬は素早く頭を下げてこの話題を終わらせる。
「……それで、姉さん絡みというのは?」
「アイツの所在をアメリカが今まで以上に血眼になって探している、というだけの話だ。お前たちには直接関係ないから、気にするな」
「一夏さんがそう言うのであれば……」
「話は終わりか? ならさっさと制服に着替えて食事を済ませろ。遅刻などしたら容赦しないからな」
追い返すような一夏の態度に引っ掛かりを覚えたが、これ以上粘っても何も聞き出せないだろうと判断して、箒はまだ満足いっていない千冬の腕を引っ張って一夏の部屋から寮まで駆け足で進む。
「おい箒! 引っ張らなくてもいいだろ」
「あのままだと、お前は一夏さんの部屋に残っただろ? 最後のあれは本気だぞ」
「そんなことはお前に言われなくても分かる。だが、一夏兄が不自然に話を切ったのは気になるだろ」
「だったら、お前は一夏さんから情報を引き出せたというのか?」
「………」
そこを突かれると千冬も弱い。どう考えても一夏相手に舌戦で勝てるわけもなく、駆け引きなら尚更だ。あの部屋に留まったとしても、それは時間の無駄という結果にしかならない。
「私はお前に付き合って一夏さんの制裁を喰らうのは御免だからな」
「私だって嫌だ! 前に真剣勝負でえらい目に遭ったからな……」
文字通り「真剣」を使った勝負で、千冬と箒は思い出したくもない目に遭っている。その事を二人が誰かに話す事はないが、二人の中でその事は恐怖として植え付けられているのだ。
「まぁ、あの時は確かに私たちが悪かったが……」
「あそこまで怒るとは思わなかったもんな……」
中学に上がってしばらくたった頃、二人と鈴、弾、数馬の五人は大人に内緒で夜家を抜け出し花火をしたのだ。きちんと後始末はしたのだが、許可なく遊んだ事と、花火を禁止している場所で遊んだことが一夏にバレて、三人は本気の拳骨、二人は真剣を使った勝負を余儀なくされたのである。
「後にも先にも、一夏兄にあそこまで怒られたのは無いぞ」
「火遊びはそれだけ一夏さんの逆鱗に触れた、というわけだろ……」
「一歩間違えれば大変な事になるのは分かるが、あそこまで怒るとは思わなかった……」
「あれ以降花火で遊ぼうとはならなかったしな」
「当たり前だろ! 私はまだ死にたくないからな」
もちろん峰打ちだったので軽い打撲程度で済んだが、次やれば斬り捨てられるという事は二人にしっかりと伝わっている。だから一夏が「容赦しない」といえば、二人は大人しくならざるを得ないのである。
「とにかく、下手に一夏さんを刺激するのは止めろ」
「分かってるが、気になるのは仕方ないだろ」
「どうせ少しすれば忘れるんだから、気にするだけ無駄だろ」
「なんだと! っと、あんまりお前と遊んでると本当に遅刻しそうだな」
「遊んでるつもりは無いが、遅刻するのは避けなければ」
二人は急ぎ制服に着替え食堂に向かった。途中で眠そうな簪と本音と合流し、四人で朝食を摂ることにしたのであった。
保護者なしで子供の花火は危険ですから