マドカが抜けたことで多少計画が狂ったが、千秋は黙々と計画を練り直していた。
「(マドカが篠ノ之束のところに保護されたのは計算外だけど、これで一夏は私のところに来やすくなったと考えられるわね。そうなれば、私が一夏に殺される日も近いというわけで……千冬とマドカを殺すのは諦めれば、それで問題はなくなるわけだけど……)」
彼女としては、まず千冬とマドカに殺し合いを演じさせて、勝ち残った方を自分で殺す予定だったのだ。それで自分が一夏に殺されれば完璧だったのだが、二人に殺し合いを演じさせることが不可能になってしまったので、千秋としてはそれが心残りになりそうだと感じていた。
「(この世に未練なんて無かったんだけど、あの二人が生き残ってしまったら未練になりそうね……死後の世界なんて信じてないけど、未練が残ったら成仏出来ないって言われてるし……やっぱり私が二人を殺すしかないのかしら)」
そんな事を考えていた千秋だったが、アジト内に急に鳴り響いた警報音で現実に引き戻された。
「何があったの?」
千秋は廊下に出てすぐ、オータムの姿を見つけたので問いかけた。
「分からねぇが、侵入者らしいぜ」
「侵入者? ここは亡国機業の人間にしか知られていない場所よ? 誰がどうやって忍び込んだっていうのよ」
「それが分かれば苦労しねぇっての」
多少イラついているオータムをその場に残して、千秋はモニターに表示された侵入者が忍び込んだとされる場所に移動する。
「スコール、ネズミは?」
「何処にも見当たらないわね……そもそも、こんな小さな穴で忍び込めるなんて、人ではないのかもしれないわね」
「人ならざる者、ね……とりあえず、アジト内をくまなく探しなさい。最悪、ここを引き払う準備が必要になるかもしれないから、そのつもりで」
「分かったわ」
スコールや側にいた人間にそう命じて、千秋は再び部屋の中で考え込む。
「(このタイミングで亡国機業に忍び込もうだなんて……マドカの差し金? だけどあの子は戦闘以外何も出来ないはず……となると、一夏か篠ノ之束の仕業だと考えるのが普通よね……だけど、マドカが知っているアジトではないから、あの二人にだって知りようがないはず……分からないって嫌ね)」
可能性を浮かべては否定し、また浮かべては否定しを繰り返し、千秋は盛大にため息を吐いた。一夏や束ならマドカの気配から自分の気配を感じ取り、その気配を探る事くらい出来そうだと思ったが、日本から遠く離れたこの地まで気配察知が及ぶとはさすがに思っていない。だからますますわからないのだ。
『ちょっといいかしら?』
「スコール? 何か分かったのかしら?」
扉の向こうから声がかけられ、千秋は考えを中断してスコールを部屋に招き入れた。
「残念だけど何も見つからなかったわ。だけど、何者かが亡国機業の事を調べようとしている事は間違いないわね」
「貴女たちがMを逃がしたから、こんなことになったのではなくて?」
「そんなこと無いと思うけど。そもそも、Mに脱走を唆したのは貴女でしょう? 私たちに責任を押し付けないでもらいたいわね」
「そんな証拠があるのかしら? 貴女たちがMを取り逃がした場面は映像に残ってるけど、私がMを唆した証拠なんてどこにも無いんだから」
千秋はその辺りしっかりしており、自分がマドカを唆した映像はしっかりと消去して、別の映像に差し替えている。マドカが脱走する前に見た映像は、既にない事を確認しているスコールは、何も言い返せずにいた。
「(あの時、しっかりと映像を保存しておけばよかったわね……)」
自分たちがマドカを見逃した時の映像を、スコールは差し替えようとしたのだが、既に千秋がコピーして保存してあるので無意味だと思い知らされたのだ。
「兎に角、このアジトはもう使えないわね。急いで別のアジトに移動する準備をさせてちょうだい。一時間後にこのアジトを脱出し、半日後には爆破するわ」
「分かったわ……」
千秋の言葉に渋々ながらも了承の返事をしたスコールは、残りのメンバーに脱出の準備を命じる為に部屋を出ていった。そのスコールの気配が完全に部屋から遠ざかったのを確認して、千秋は再び考え込む。
「(忍び込んだのは恐らく篠ノ之束の開発した小型カメラか何かでしょうね……そうなると一夏が私の事を探しているという事でしょうから、近いうちに殺し合う事になるのかしら……まぁ、私程度では一夏を傷つける事なんて出来ないでしょうけどもね……うふふ、楽しみね、一夏)」
息子が自分を殺してくれる場面を想像して、千秋は妖艶な笑みを浮かべながら荷物の整理を始める。スコールやオータムが今の自分を見たらどう思うか、千秋はそんな事を想像しながら脱出の準備を進めるのだった。
アジト放棄決定