IS学園・一夏先生   作:猫林13世

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あれも手近とは思えないけど……


手近な目標

 束と飛縁魔の言い争いで精神的に参った状態で学園に戻ってきた一夏を、千冬が目敏く見つけ近づいてきた。

 

「一夏兄、疲れてるようだけど何かあったの?」

 

「大人になればいろいろあるんだ。人の心配をしてる暇があるなら、自分の心配をしたらどうだ? この間の小テストの結果、芳しくないんだろ?」

 

「何故一夏兄がそれを!?」

 

 

 元々座学の成績は良くなかったが、最近はさらに悪い結果になっているのだ。担任であり保護者である一夏にその情報が行かないわけがない。だが千冬にはその事が分からず、焦った表情で言い訳を始めた。

 

「いきなり現れた妹とかいうやつのことが気になって、集中力を欠いてるだけで、別に勉強をサボってるわけじゃないからね」

 

「マドカの事はもう心配する必要は無いだろう」

 

「どういう――まさか、殺したの?」

 

 

 千冬が導き出した答えを聞いて、一夏は思わず苦笑いを浮かべた。身内を殺すなど、思考回路が千秋と似ていると感じたからである。

 

「保護して、束に引き渡した。マインドコントロールされていたから、それを解いて今は束のラボで暮らしている」

 

「大丈夫なの? アイツは私を殺すとか言ってたやつだよ? いつ一夏兄に牙を剥くか分からないよ」

 

「マドカ程度なら、別に脅威にもならないだろう。あそこには束だけでなく、クロエもいる事だしな」

 

「そのクロエって人、随分と信頼してるようだけど」

 

「何が言いたい」

 

 

 一夏が人を信頼するということは、その相手の事をよく知っているという事だと千冬は思っている。出会ってまだそれほど経っていないはずであるクロエの事を信頼するという事は、何かあったのではないかと疑っているのだった。

 

「一夏兄、そのクロエって人の事が好きなの?」

 

「はぁ? お前は何を言ってるんだ」

 

「だって、一夏兄が出会って間もない相手をそれだけ信頼するなんて、特別な感情が無ければ説明出来ない! 一夏兄は人を疑う方が圧倒的に多いんだから、その一夏兄がそれだけ信頼してるって事は、特別な感情がある証拠だもん!」

 

「特別な感情…ね……まぁ、無いとは言わないが、お前が思ってるような感情ではない」

 

 

 一夏はクロエの事を妹――娘のように思っている。だからクロエの事を心配していろいろと手を貸したりもするし、それに応えようとするクロエの事を愛おしくも思う時もある。だがそれは恋愛感情ではなく、兄や親が懐く愛情だ。

 

「一夏兄が付き合う相手は、私と束さんのチェックをクリアしなきゃ認めないからね!」

 

「馬鹿な事言ってないで、しっかりと授業に集中しろ。さもなくば留年だぞ」

 

「うっ……そんな事になれば、弾と数馬の事を笑えなくなる……」

 

 

 一夏に脅され、さすがにたじろいだ千冬は、そのままトボトボと部屋に戻っていった。クロエの事は気になったが、さすがに「留年」という単語は千冬にとってもダメージが大きかったのだ。

 

「やれやれ……それで、何時まで隠れてるつもりだ?」

 

「これでも見破られちゃうんだ……自信失くしそうね」

 

「笑いながら言われてもな」

 

「まぁ、織斑君や篠ノ之博士から隠れ通せる人間がいるなら見てみたいわよ」

 

「人を化け物か何かと勘違いしてないか、お前」

 

「少なくとも、普通の人間ではないでしょ?」

 

「その問いに頷くのはどうかと思うがな……それともう一人、気付かれてないと思ってるのか?」

 

 

 碧が出てきた茂みとは逆の茂みに視線を向け、一夏が出てくるように促す。すると諦めたように立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。

 

「一夏はやっぱり気配に敏感なのね」

 

「小鳥遊よりも気配があったお前に気付かないわけないだろ」

 

「これでも日々訓練してるのに。やっぱり目標が一夏じゃ駄目なのかしら」

 

「高過ぎる目標は目標になりませんよ。そこを目指すにしても、最初は手近な目標にした方が上達すると思います」

 

「そうよね……それじゃあとりあえずは、布仏の妹ちゃんを目標にしようかしら」

 

「本音ちゃんを? まぁ、確かに気配遮断は得意な方だけどね……」

 

 

 ナターシャが目標を本音に設定すると聞いて、思わず碧が口を挿む。彼女の実力は碧も認めているが、生活態度などを見ていると、目標として役に立つのかという疑問がどうしても出てしまうのだ。

 

「本音の実力は小鳥遊も知っているんだろ? 首を傾げたくなり気持ちも分からなくはないが、アイツの簪を守ろうという気持ちは本物だ。下手をすれば、虚の忠誠心より上かもしれん」

 

「本音ちゃんは昔から簪ちゃんのお側付きだったからね。友達を守るという延長としか思って無いのかもしれないけど、簪ちゃんを守ろうという気持ちが本物だって事は、私も分かってるわ」

 

「なら良いだろ。ナターシャが目標としてるのはあくまでも『本音の気配遮断』だからな。本音自体じゃない」

 

「それもそうね」

 

 

 二人して笑い合うのを、ナターシャは少しつまらない気分で眺めていたのだった。




一夏もかなり酷い事言ってるな……

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