束のラボでマドカにISの指導をしていた一夏は、何処からとも分からぬ視線に振り向き、そしてすぐに頭を振った。
「一夏兄様、如何なさいましたか?」
「いや、気のせいだ……」
「? 一夏兄様がそう仰るのでしたら」
マインドコントロールが解けてからというもの、マドカはすっかり素直な性格になっていた。もっとも、一夏以外の言う事は素直に聞き入れないので、一夏にのみ素直になったと言うべきかもしれないが。
「お~い、いっくん」
「束か……何かあったのか?」
「ちょっとお耳に入れておきたい事があるんだけど……マーちゃん、いっくんを借りてもいいかい?」
「仕方ありませんね。束様にもご恩はありますし、もし一夏兄様に何かしようとしても、一夏兄様に返り討ちに遭うだけでしょうから」
「刺々しさが無くなった分、より毒が目立つね」
以前のツンツンした態度なら束も気にしなかっただろうが、丁寧な口調で毒づきされては、さすがの束も頬を引き攣らせずにはいられなかった。
「それじゃあ、少しの間いっくんを借りるね。その間、マーちゃんはクーちゃんと訓練してて」
「微力ながら、マドカ様の訓練相手を務めさせていただきます」
マドカの事をクロエに任せ、束は一夏の背を押して訓練場から研究室へと移動する。
「お前、マドカとの間に何かあったのか?」
「ちょっとね~……あそこまで警戒されるとは思って無かったから、ちょっとショックだよ~」
「その割には反省してる様子が見られないな」
「反省なんて束さんがするわけ無いじゃないか~」
「開き直るな」
一通りのやり取りをしてから、束は急に真面目な雰囲気を醸し出した。一夏もそれを感じ取り、表情を改め束に向き直った。
「IS学園上空に、束さんがハッキングしてるのとは違う衛星が確認出来たんだ。恐らくだけど、亡国機業が飛ばした衛星だと思う」
「お前がハッキングしてる衛星については後でじっくり聞くとして、亡国機業が何故IS学園を監視する必要がある? 向こうが攻めてこない限り、こちらから仕掛ける事など無いぞ」
「いっくん不在の時を狙っているのか、それとも別の目的があるのかは束さんにも分からないけど、あの衛星の角度からして、見ているのはいっくんとちーちゃんの二人――つまり、衛星の持ち主は織斑千秋の可能性が高い」
「そうか……」
「いっくんが複雑に思うのも仕方がないとは思うけど、今は敵に備えるべきだと思うよ。あの小娘の家を裏切った連中も、なんだかきな臭い動きをしてるらしいし」
「それは刀奈から聞いたが、お前の方でも確認出来てるのか?」
「識別が出来ないから言い切れないけど、最近IS学園の周辺を嗅ぎまわってる虫けら共がいるのは確かだよ。それはいっくんの方でも感知してるでしょ?」
「奴らとしては上手に隠れてるつもりなのだろうが、あの程度では小鳥遊にも劣る」
一夏から見ても、碧の気配遮断はかなりのものだ。だが完全に隠れ通せる程の実力ではないので、碧以下という事は一夏にはバレバレなのである。
「奴らの狙いはいっくんも知っての通り。だけど奴らは周辺に被害が出ても気にしないだろうから、学園を壊す事にも躊躇いはないだろうね~。そこに亡国機業が便乗して来たら、かなり厄介な事になるかもしれないよ」
「連携の取れていない相手など、別に恐れる必要は無いが、数が多いのは面倒だな……」
「なら、私が一人残らず精気を吸い取ってあげようかしら?」
「またお前は……」
「珍しいね。飛縁魔が束さんの前で人の姿になるのは」
一夏が本気で面倒だと思っている事を感じ取り、飛縁魔が会話に割って入ってきたが、束が言う通り彼女は束の前ではあまり人の姿にならないのだ。
「私の中では、貴女への嫌悪感よりもダーリンの気持ちの方が大事なのよ。だから、ダーリンが心底面倒だと感じているから、私が始末を名乗り出たのよ。私なら、人を殺したところで人間の法律ではさばけないし」
「所有者の責任を問われそうだがな。まぁ、最悪は半殺し程度で済ませれば、二度とちょっかいを出そうとは思わなくなるだろうし、それでも良いんだが」
「半殺しなんて生易しい事はしないわよ? しっかりと殺してあげるわ」
「更識の人間の処分は刀奈たちが決めるだろうから、動けなくして捕まえる程度で構わない。問題は亡国機業の連中だ」
「そっちは容赦しなくても良いのかしら?」
「最悪の場合は、構わない」
「分かったわ。それじゃあダーリン、私はとりあえず待機状態に戻るけど、くれぐれもこのウサギに心を許しちゃダメよ? 浮気なんてしたら、それこそその相手を嬲り殺しにしちゃいそうだし」
「何で束さんが浮気相手なのさ~。どう考えても本妻でしょ!」
「俺は誰とも結婚してないんだがな」
一夏の的外れなツッコミは無視して、束と飛縁魔はその後しばらくにらみ合ったのだった。
本妻争奪戦争勃発……