学園に戻ってきた一夏を待っていたのは、楯無と碧だった。
「何かあったのか?」
楯無は兎も角として、碧が自分の部屋に勝手に入るとは思っていなかったので、一夏は思わず碧にそう問い掛けた。
「織斑君が不在だったから、私が刀奈ちゃんの仕事を手伝わされたのよ。それで、織斑君は何処に行ったのかって探してたんだけど、見つからなかったからここで待たせてもらってたの」
「不法侵入は立派な犯罪だが?」
「鍵も掛かってない部屋に入ったからといって、不法侵入を取られるとは思えないけどね。ところで、何処に行っていたのかしら?」
「束のところだ。それで、刀奈はさっきから何を膨れているんだ?」
「別に、膨れてなんていませんよーだ」
頬を膨らましてそっぽを向く楯無を見て、一夏と碧は同時に顔を見合わせ、そして苦笑いを浮かべた。
「随分と子供っぽいな。俺の前だけなら兎も角、小鳥遊の前でもそんなポーズを取るのか?」
「あんまり見た記憶がないわね。虚ちゃんの前ならしてるのかもしれないけど、少なくとも私がこうして姿を見せている時にはしたこと無いんじゃないかしら」
「一夏先輩と碧さん、なんだかいい雰囲気ですね。私がいないところで仲良くなったんですか?」
「私と織斑君は最初からこんな感じですよ? まぁ、同い年という事で話しやすいって事もあるのかもしれませんけど」
「それだけですか? 一夏先輩もですけど、碧さんもそれほど人と仲良くするタイプじゃないと思ってたんですけど」
「俺は兎も角小鳥遊に失礼じゃないか? 小鳥遊は高校時代だってそれなりに友人がいたと思うが」
「殆どがうわべだけの友達だったけどね。私の仕事上、あんまり親しい友人を作ると、そこを突かれる可能性があったし」
「暗部の人間と言っても、そんな事があるのか?」
「あの頃はまだ、先代の楯無様もご存命で、ちょっとヤバい組織の調査をしてた時期だったからね。気づかれるようなヘマはしてないけど、念には念を入れてってやつよ」
碧の答えに、一夏は納得したように頷いたが、楯無が更に頬を膨らませていた。
「やっぱり仲良さそう……私だって一夏先輩と仲良くなるのに結構時間かけたのに、碧さんだけズルいですよ」
「ズルいって言われてもね……織斑君は私の気配に気づいちゃうから、隠れてても居場所を知られてるから、いろいろと相談しやすいのよ」
「暗部組織の相談なんてされても困るんだがな」
「ご当主様の事だったりだし、それなら織斑君だって無関係じゃないでしょ? 刀奈ちゃんは暗部当主だけど、織斑君の教え子でもあるんだから」
「そうだな」
「……私の事をダシに使ったんですか? というか、碧さんも一夏先輩の事が――」
「そんな事より、俺に何か用があったんじゃないのか?」
「凄い勢いで誤魔化そうとしてる感じがしましたけど……まぁ。とりあえずは良いですけどね」
誤魔化されたと分かっていながらも、楯無は本題に入ることにしたのだった。
「ウチから抜けた人間たちが、ウチの周辺を嗅ぎまわっているって布仏の小父様たちから報告があったので、一夏先輩にも教えておこうと思いまして」
「更識の人間という事は、当然人を殺すのにも躊躇いはないということか……」
「まぁ、みんながみんな人殺しに躊躇いが無いかと言われれば、そうでもないんですけどね」
「織斑君は暗部組織を何だと思ってるわけ?」
一夏の勘違いに、楯無と碧が揃って苦笑いを浮かべる。さすがに暗部所属だからといって、暗殺担当ではない人間だっているのだし、必ずしも殺さなければいけないわけでもないのだ。
「兎に角、裏切者がウチの周辺を嗅ぎまわっていたという事は、近いうちにまた亡国機業が襲撃してくるかもしれないという事ですので、警備担当の一夏先輩にも情報を上げておこうと思って探し回ってたわけですよ」
「電話でも良かったんじゃないか? まぁ、誰かに聞かれてるかもしれないという可能性を考えれば、電話より直接の方が安心出来るのかもしれないが」
「刀奈ちゃんは、ただ織斑君に会いたかっただけのような気もするけどね」
「碧さん!?」
「はいはい、それじゃあ私はこれで。織斑君、ウチのご当主様の事、よろしくね」
そう言い残して、碧は音も無く部屋からいなくなっていた。一夏も楯無もその事では驚かなかったが、楯無の方は、急に一人にされて少し戸惑っていた。
「まだ何か用があるのか?」
「一夏先輩、何の用事で篠ノ之博士のところに行っていたんですか?」
「亡国機業の動きを、アイツに探らさせてるからな。その情報を聞きに行ったのと、相変わらずのゴミ屋敷だったから、片付けさせていただけだ」
「そうだったんですね。てっきり一夏先輩が篠ノ之博士と付き合っているのかと思いました」
「それだけは絶対にないから安心しろ」
頭痛を感じた一夏は、俯きながら楯無の誤解を解いたのだった。
その誤解が一夏を悩ませる……