マドカが抜けたからと言って、亡国機業の戦力が大きく落ちるわけではない。脅威度で言えば、千冬を専門に狙っていたマドカはさほど高くなかったのだ。
「一夏先輩からの報告だと、マドカちゃんは篠ノ之博士が保護したらしいし、千冬ちゃんを餌に亡国機業を釣るのは無理そうね」
「お嬢様、そんな事を考えていたのですか?」
「だって、とりあえず千冬ちゃんの周辺を警備していれば、亡国機業は何処かで現れたはずだったのに、その餌が使えなくなったんだから、愚痴くらい言わせてよ」
「いえ、愚痴云々を責めたのではなく、生徒を餌に敵を釣ろうとしていた事を責めているのですが」
的外れな言い訳を始めた楯無に、虚は訂正と再度非難めいた視線を向けた。
「だ、だって……何時何処に現れるか分からない相手を誘き出す為には、少しくらい危ない目に遭ってもらってもって考えちゃうのは仕方ないでしょ? これでも暗部の当主なんだから」
「では、その餌役が簪お嬢様だったら、お嬢様はどのように感じるでしょうか?」
「簪ちゃんを、餌に……?」
虚に言われた事を想像して、楯無はすぐに顔色を悪くした。
「簪ちゃんが危ない目に遭うかもって思ったら、なんだか胃が痛くなってきた……」
「では千冬さんのお兄さんである織斑先生が、お嬢様の事をどのように思うか、ご理解出来ましたか?」
「あんまり褒めてくれないでしょうね……一夏先輩も多少なら気にしないだろうけども、さすがに餌扱いしたとなれば、私の事を怒るかもしれないわね……」
「その程度で済めばいいですが、もし千冬さんを餌として使い、最悪の結果になった場合、織斑先生は二度とお嬢様の事を助けてはくれなくなると思いますが」
「……最悪の結果にはしないつもりだけど、確かに危ない計画だったわね。使えなくなって、むしろ良かったと思えたわ」
一人で納得する楯無を横目に、虚は盛大なため息を吐いた。どことなくズレている楯無に、どうやって納得させるか頭を悩ませていたのに、自分が望むのとは違う納得の仕方をされ、思わず出てしまったのだ。
「お嬢様」
「んー?」
「亡国機業の事で頭を悩ませるのは仕方のない事ではありますが、今は急ぎこの書類に目を通していただきたいのですが」
「なにこれ? 何でこんな量……」
「直接的な被害はなかったとはいえ、ISの戦闘が行われたのです。京都からそれなりの抗議文が送られてきても不思議では無いと思いますが?」
「そんなの政府に送ってよね!? そもそも、政府の連中が何もしないから、私たちが動くしかなかったんじゃないのよ!」
「その文句を私に言われても困ります。というか、私だってそう思いますが、日本政府はIS学園に丸投げして、学園は私たちに押し付けてきたというわけです」
「何よそれ……責任を取るのは大人の仕事でしょうが……」
何で自分が押し付けられなければならないのかと、楯無は理不尽な対応に苛立ちを募らせたが、虚に八つ当たりしても仕方ないので、嫌々書類に手を伸ばしため息を吐く。
「一般人にも建物にも、被害は無かったのよね?」
「そのように聞いておりますが」
「じゃあ何で京都の人はこんなにご立腹なのよ……確かに危ない目には遭ったかもしれないけど、それは私たちの所為じゃなくて亡国機業の所為でしょ? というか、初めからあそこらへんは立ち入り禁止にしておいてくれって頼んでおいたのに、京都の人がおざなりな対応をした結果でしょうが」
「そういうのは理屈ではないのでしょう。自分たちが危ない目に遭ったのは、自分たちが悪いのではなくISが悪いと思う事で、自分の心の平穏を保っているのでしょうし」
「その所為でこっちが面倒な事になるって思わないのかしら……」
「責任転嫁でしょうね。その矛先が私たちに向いていなかったら、何も思わなかったでしょうけども」
「確かにね……というか、似たような抗議文書が多いわね……一枚あれば分かるわよ」
文句を言いながらもしっかりと書類に目を通していた楯無は、同じような抗議文書に辟易していた。一枚でも面倒なのに、同じような事を何度も言ってこなくても、と内心は言いたいのだろう。
「お嬢様の気持ちは理解出来ますし、私もそう言いたいですが、言ったところでこの書類が減るわけではないのですから、きびきびと手を動かしてください」
「そうは言ってもねぇ……何度言われようと答えは一緒なんだし、一回でいいじゃないのよ」
「こちらの返答が少しでも変われば、そこを攻め立てようとしているのではないですかね。警察の事情聴取みたいに、さっきと答えが違うじゃないかと」
「あれってフィクションじゃないの?」
「さぁ? 事情聴取など受けた事ありませんので」
「私だってないわよ」
文句を言いながらも、楯無と虚は抗議文書の束を全て処理したのだった。
IS学園に文句を言って来てもなぁ……