襲撃に失敗したマドカは、亡国機業のアジトで一人苛立ちを募らせていた。
「こんな連中と一緒に行動してたら、何時まで経ってもお兄ちゃんを取り戻せない。かといって抜け出すにしても、もう少し資金が無ければ行動出来ない……」
自分が監視されている事にも気づいているので、マドカは下手な行動は取らずに大人しくしているフリを続けているが、内心は亡国機業と決別し自分一人の力で一夏を取り戻そうと考えているのだった。
「少しいいかしら?」
「……何の用だよ」
「母親に向かってその態度、まして今の私は亡国機業のトップなのよ? 少しは口の利き方を覚えたらどうなの?」
「私がちゃんとした口調で話すのはお兄ちゃんに対してだけだ。そもそも、お前だって私に母親として扱ってほしいなんて思って無いんだろ?」
「そうね。今更娘面されても扱いに困るかもしれないわね」
とても母娘の会話とは思えない内容だが、それにツッコむ人間はこの場にはいない。そもそも、この二人の話し方は昔からこんな風なので、今更母娘のような話し方にされたら、周りが動揺するかもしれないのだ。
「それで、何の用だよ。お前がこの部屋に来るなんて」
「そうね。さっさと本題に入りましょうか。スコールたちにはしばらく時間を空けると言ったけども、貴女はそれに納得してないんでしょ? だから自分一人で一夏を手に入れるとか考えてる」
「……だから?」
まさか自分の企みを知られているとは思っていなかったマドカは、少し動揺した。それを完全に隠せる程擦れていなかったのか、返事をするのに少し間が空いてしまったが、千秋はそこは指摘しなかった。
「一人で行動したいなら、別に構わないわよ? 貴女が千冬を殺してくれるのなら、当面の資金を出してあげても良いわ」
「何のつもりだ」
「別に。貴女が千冬を殺すのなら、私にそれを止める権利はないってだけよ。親として、娘の願いを叶えてあげようと思っただけ。必要ないなら、別にいいけど」
「………」
マドカは、千秋の本心を探ろうと彼女をじっと見つめる。だが千秋が何を考えているかなど、マドカに分かりようがなかった。
「それで、どうするの? 大人しくここで生活するの? それとも、一人で亡国機業を抜け出して千冬を殺すの?」
「お前が何を企んでいるのかは知らないし、知りたくもない。だが、あの女を殺すチャンスをくれるって言うのなら、私はそのチャンスを貰ってやる」
「そう。じゃあこれ、当面の活動資金ね。それから、今日の夜、十時から会議があるから、貴女の監視も緩くなるわよ。抜け出すなら十時以降にしなさい」
「……分かった」
素直に千秋の忠告を聞き入れるのは、マドカにとって癪だったが、亡国機業内の情報は自分より千秋の方が詳しいと分かっているので、ここは素直に受け入れる事にした。
「分かってると思うけど、チャンスは一度きり。バレたらそこでお仕舞だから」
「そんなこと、お前に言われるまでもない。そもそも、抜け出す程度の事で私がヘマをするとでも思ってるのか?」
「さぁ、どうかしらね」
意味ありげな笑みを浮かべて、千秋はマドカの部屋から去っていった。残されたマドカは、千秋が何か別の事を企んでいるような気もしてきたので、実行までの間千秋の狙いを考える事にした。
「(あの女の目的は、私と同じでお兄ちゃんを手に入れる事――だとスコールから聞いた事がある。だが自分で捨てた息子を取り戻す為に、わざわざこんなことをするだろうか? そして、お兄ちゃんを手に入れたとして、あの女の言う事を聞くだろうか? そして、もっとも気になるのが父親だ。ここ最近姿を見ないけど、何処で何をしているんだ?)」
マドカは千秋が父親を殺したなど考えていないようで、しきりに首を傾げながらそこを考えている。だが答えなど見つかるはずもなく、とりあえずその事は脇に置いておくことにした。
「(夜の十時までまだまだ時間はあるが、今のうちに出来る事はしておかなければな。まずは、サイレント・ゼフィルスの整備と、抜け出すルートの確認だ。不自然に見えないように、あくまでも自然に)」
自分が監視されている事は、千秋の言葉からも間違いないだろうし、マドカ自身も気づいている。だからアジト内で怪しい動きを見せれば、すぐに知られてしまう。だからマドカはあくまでも自然に見えるようにルートを確認する事にしたのだが、それが既に不自然だという考え方は、マドカには出来なかったのだった。
「(最終的にここから抜け出せば、私は自由になれる。千冬を殺しに行くことが出来る)」
ルートの最後、抜け出せる場所に到着したマドカは、少しの間その場所を見詰めた後に、サイレント・ゼフィルスを整備するために移動するのだった。
さて、どうなる事やら