アジトで次の作戦を練っていた千秋だが、日本方向から飛んできた殺気に思わず視線をそちらに向ける。
「どうかしたのかしら?」
「……何でもないわ」
千秋の行動に首を傾げ尋ねてきたスコールにそう答えて、千秋は頭を振って集中し直す。
「まさかあの歩兵部隊が一夏一人に撃退されるとはね……勝てないにしてももう少し役に立つと思ってたのに」
「仕方ないわよ。一夏の専用機は篠ノ之束が彼のためだけにカスタマイズした、他のISとは比べ物にならないくらいの性能だもの。生身や銃火器でどうにか出来るはずも無いもの」
「自分で捨てておきながら、随分と一夏の事に詳しいのね」
「そりゃ、私を殺してくれる子だもの。それなりに調べるわよ」
「次女に長女を殺させ、長男に次女と自分を殺させようとするなんて、狂ってるとしか言えないわね」
「私はね、愛した者を殺し、殺されたいのよ。だからあの人を殺したの」
「姿が見えなくなったと思ってはいたけど、やはり殺してたのね」
千秋と一緒にいたはずの男――つまり千秋の夫の姿が見えなくなったのを受けて、スコールはそうではないかと思っていたが、実際に彼女の口から聞かされると、さすがに顔を顰めずにはいられなかった。
「あぁ、早く千冬をマドカが殺し、そのマドカを一夏が殺し、私の許にやってきてくれないかしら」
「歪んだ愛情って、見るに堪えないわね」
「何とでも言いなさい。私は、その日を待ち焦がれて一夏と千冬を残し家を出たのだから」
「貴女のそんな理由で、一夏はしなくてもいい苦労をしてきたのよね? 何か思う事は無いの?」
スコールの質問に、千秋は少し考えてから答えた。
「私に対する殺意を溜め込んでくれてたと思うと、ぞくぞくするわね」
「貴女、母親失格ね」
「そんなこと、貴女に言われるまでもなく知ってるわよ。息子と長女を捨て、ただ一人連れてきた次女を殺人者に仕立てようとしてるんだから」
「でも、そう簡単に思い通りに行くかしらね」
「どういう意味かしら?」
「私も一夏の事は調べたけど、人の思い通りに動くような子じゃないと思うわよ? 恐らく貴女の目的にも勘付いてるでしょうし、マドカを救い出して貴女だけを捕まえるつもりなんじゃない?」
「それじゃあ面白くないわね。いっそのことマドカは私が殺そうかしら」
「人を――娘を殺す事に対して何も思わないわけ?」
「さっき言ったでしょ。私は愛した相手を殺したいし、殺されたいの。だから、マドカに殺されるのもありだと思ってるわ。私がマドカを殺すか、マドカが私を殺すか」
歪み切った表情で笑みを浮かべる千秋に、スコールはさすがに嫌悪感を懐かずにはいられなかった。
「死人である私が言うのもなんだけど、貴女、人として最低よ」
「そんなこと、貴女に言われるまでもなく分かってるわよ。それじゃあ、次の襲撃はお願いね」
「分かったわ。私たちはあくまでも亡国機業に所属している人間――つまり、貴女の手下でしかないのだから」
「この計画が終われば、貴女たちの自由にして良いわよ。この計画さえ終われば、私はいなくなるのだから。これで漸くあの人と同じところに行けるのね」
自分で殺しておいて旦那に思いをはせる千秋を見て、スコールは何も言えなくなってしまった。
「おいスコール、あの女と何を話してたんだ?」
千秋が部屋を去ってすぐ、オータムが部屋を訪ねてきた。恐らく千秋がいなくなるのを待ち焦がれていたのだろう。かなり食い気味にスコールに質問を投げかける。
「次の計画についてちょっとね」
「そんな感じじゃ無かったと思うが」
「そうね……あの女の歪んだ愛情に辟易してたのよ」
「歪んだ愛情? あの女に愛という感情があるのか?」
「だから歪んだって言ってるでしょ? あの女は、自分を愛してくれていた相手を殺したらしいわよ」
「あっ? ……あぁ、姿が見えなくなったと思ってたが、やっぱり殺してたのか」
「それで、娘たちに殺し合いをさせて、残った方を一夏に殺させ、最後に自分を殺させるのがあの女の目的よ」
「無理心中のややこしいバージョンみたいだな」
「面白い表現をするのね。まぁ、一夏があの女の思い通りに動くとは思えないけど」
訳知り顔で呟くスコールを見て、オータムは少しつまらなそうに舌打ちをした。
「あの女もだけどよ、スコールも一夏って餓鬼の事を評価してるよな。何か関係があるのか?」
「私が一方的に知ってるだけよ。なんで気になるの?」
「別に……それで、次の襲撃予定日は何時なんだ?」
「Mが落ち着いて、歩兵が集まり次第かしらね。貴女が一人残らず片付けちゃった所為で、少し時間がかかりそうだけど」
「使えない奴らは片付けるに決まってるだろ? ただでさえ、出番が無くてむしゃくしゃしてたんだからな」
「次は出番があるわよ」
オータムを慰めながら、スコールは千秋の部屋の方を見て頭を振るのだった。
親が狂ってるから、千冬もマドカもおかしいのか……