簪たちよりも先に生徒会室へ報告に来ていた一夏と碧は、二人揃って生徒会室でお茶を飲んで寛いでいた。
「あの……」
「何だ、虚?」
「織斑先生も碧さんも、幾分か寛ぎすぎではありませんか? 幾ら当面の脅威は無くなったとはいえ、別の問題が発生してるかもしれないというのに」
「だって、どれだけ警戒したとしても、私たちは先手を打つことは難しいんだから、慌てるだけ無駄なのよ。ねぇ、織斑君」
「先手を打って良いならいくらでも打ってやるが、それで国際問題に発展したら面倒だからな」
「国際問題、ですか?」
一夏の言葉に引っ掛かりを覚えた虚が、首を傾げながら視線で楯無に問いかける。虚に問われた楯無は、あくまで推測だけどと前置きをしてから答える。
「篠ノ之博士が派遣してくれた彼女、ドイツ政府が過去に生み出した試験官ベビーの一人ですよね?」
「実際に見てないのにさすがだな」
「次に亡国機業が打ってくる手として最悪なのが、ドイツ政府を巻き込む事。彼らの非人道的な過去を暴かれたくなかったら、IS戦力を貸せなんて言い出したらこちらとしては最悪手よ」
「では、織斑先生が仰った国際問題というのは」
「亡国機業が手を打つ前に、ドイツそのものを潰すって感じじゃないんですか?」
楯無が意味ありげな視線を一夏に向けると、一夏はまったく動じた様子もなく頷く。
「ラウラには悪いが、奴らの過去は既に俺と束で暴いているからな。亡国機業が動く前に、その資料を各国に送りつければ、こちらが手を下さずともドイツ政府は崩壊するだろうしな。ただし、ドイツの国土がどうなるかは知った事ではないが」
「国土分配で揉め、ヨーロッパ戦争が勃発するかもしれないって事ですか?」
「国一つ滅ぼすんだから、それくらいの覚悟が無いとな」
「それは確かに面倒ですね……」
「というか、一夏先輩は何処まで黒い事を考えるんですか」
「後々の脅威を放っておくくらいなら、根本から消し去った方が良いだろ?」
「その考えはどうかと思うわよ?」
一夏の隣で涼しい顔をしている碧が、全く本気ではないツッコミを一夏に入れる。もちろん、そんなツッコミ程度で怯む一夏ではないので、碧のツッコミは完全にスルーされた。
「刀奈にそこまでやる意思がないなら、俺もやるつもりは無いがな」
「さすがに国一つ滅ぼすかもしれないなんて、私には出来ませんよ……」
「暗部当主とは思えない甘さだな」
「暗部当主の前に、私は女子高生なんですけど?」
「まぁ、冗談はさておき」
「本当に冗談だったんですか?」
ジト目で一夏を睨みつける楯無だったが、無意味なのは彼女にも分かっているのですぐに止めた。
「亡国機業がドイツ政府と接触するとなると、下手をするとラウラの軍も巻き込まれるかもしれないな。それは避けた方が良い」
「どうするんですか?」
「ラウラが所属している黒兎部隊は、幸か不幸か俺が過去に指導したメンバーで編成されている。俺が頼んでラウラが発令すれば、ドイツ政府から孤立しようがこちら側についてくれるだろう」
「その部隊って確か、ドイツ軍の中でもトップクラスのIS部隊ですよね」
「これで、ドイツ軍への牽制くらいにはなるだろう。亡国機業も、当てにしているであろう戦力が不発に終われば、焦って下手を打ってくれるかもしれないしな」
「大した労力を使わずに、敵の手を潰すわけですか……実に一夏先輩らしい手ですね」
幾分か非難めいたニュアンスが込められているが、楯無も一夏の意見に賛成のようだった。
「早速ラウラちゃんを呼ばないとね。あっ、ところで簪ちゃんたちはまだなのかしら? 無事な姿を確認して、全身をくまなく調べて怪我がないかを確かめないと」
「お嬢様、そのような変態的行動は控えてください。ただでさえ簪お嬢様に対してのスキンシップは目に余るのですから」
「そんなこと無いでしょ? 姉妹のスキンシップなら、あれくらいは普通よ、普通」
「少なくとも、私と本音はしませんが」
「世間一般の姉妹でも、あそこまではしないと思いますけどね」
虚の援護射撃に出た碧に、楯無は不思議そうに首を傾げる。彼女としては、自分が普通で世間が異常なのではないかと思ってる節が見られるのだ。
「刀奈の変態性は兎も角として、今の殺気を感じ取ったのかは知らんが、簪たちは食堂方面に逃げたな」
「何でですかっ!?」
「お前のその行動が、簪の気持ちを離れさせているという事だろ」
「そんな……簪ちゃんには、お姉ちゃんの愛がまだ伝わってないっていうの……」
「お前のは愛情ではなく欲情だろうが……少し控えたらどうだ?」
「グッ……わ、分かりました。抱き着いて頬擦りだけにしておきます」
「だから、それがいけないんだと思うぞ」
一夏の言葉に力なく項垂れ、楯無はそのまま机に突っ伏したのだった。
シスコンも大概にしなきゃ……