学園内をぶらりと見学して、軽く食事を済ませて、午後からは本格的に授業が開始される。
「――というわけですが、ここまでで分からない事がある人はいますか?」
丁寧な説明をして、恐らく誰も脱落者はいないと思いつつも確認する山田真耶の目の前で、二本の手が上がっていた。
「えっと……織斑さんと篠ノ之さん、何処が分からないのですか?」
「「最初から最後まで全てです」」
「織斑、篠ノ之。入学前に読んでおくようにと送られてきた冊子はどうした?」
口を開けたまま固まってしまった真耶に代わって一夏が尋ねると、千冬と箒はそろって首を傾げた。
「そんな物あったか?」
「私は知らない……」
「貰った覚えがありません」
「私もです」
互いに確認して自信満々に答えた二人に、一夏は教科書で二人の頭を叩く。
「放課後、特別補習をしてやるから教室に残るように。山田先生、この落ちこぼれ二人は放っておいて授業を進めてください」
「は、はい……」
一夏の言葉に何とか答えて、真耶は授業を再開する。彼女の視界には、二人の姿を見てほくそ笑むセシリアがしっかりと捉えられていたが、自分が注意しても反省しないだろうと考え、小さくため息を吐くだけに留めた。
授業が終わり、クラスメイト達が帰って行く中、千冬と箒は席に座ったまま俯いていた。
「なぁ箒、私たちって入学早々落ちこぼれなのか?」
「授業中に一夏さんが言ってた通りなら、落ちこぼれなんだろうな……」
初授業からついていくことが出来ずに、こうして居残りを命じられたことから見ても、自分たちは落ちこぼれなのだろうと自覚し、ますます気分が憂鬱になっていく二人。他に誰もいなくなった教室に、二人の教師がやってきた。
「さて、織斑、篠ノ之」
「「は、はい……」」
「この冊子に見覚えはあるか?」
目の前に差し出された冊子を見て、千冬と箒は同時に声を上げた。
「「開いて五秒で寝落ちした本!」」
「……つまり、受け取っていたんだな?」
呆れているのを隠そうともしない一夏の態度に、千冬と箒は先ほど以上に身体を縮こませて俯いた。
「お前たちの試験結果を見れば、知識は無い事は分かっていたが、事前学習をサボった上に堂々と開き直るとは思ってなかったぞ」
「えっと……私たちの試験結果って、そんなに悪かったのでしょうか?」
恐る恐る尋ねる千冬に対して、一夏はため息でも吐きそうな雰囲気で答える。
「合格者の中で、最下位が織斑、そのすぐ上が篠ノ之だ」
「……箒にも負けてたのか」
「実技試験がトップ通過だったからお前らは合格したが、本来なら不合格にしたいほど、酷い結果だった」
「実技は自信がありましたから」
「自惚れるな小娘共。お前らは剣道と剣術を習っていたから、近接格闘主体の機体である打鉄を動かせたに過ぎない。あれ以外にも遠距離射撃や連携、一対複数の闘い方など、必要とされる動きは沢山ある」
一夏が上げていく問題点を聞いていく内に、千冬と箒はこれから先やって行けるのかと不安に押しつぶされそうになっていた。
「幸いにしてIS学園は全寮制だ。帰宅時間を気にすることなく補習をする事が出来る」
「えっと……つまり、これから毎日居残り勉強が待っている、という事でしょうか?」
「私や山田先生だって暇ではない。毎日付き合ってられない。だが、部屋で自習なら出来るだろ? 課題を出すから、期間内に終わらせて職員室までもってこい。今日は基礎を叩き込んでやるからそのつもりで」
「一夏兄、私や箒は剣道部に入ろうと思っているんですが……」
「学校では織斑先生だ。まぁ、放課後であることとほぼ身内しかいない今の状況を鑑みて、制裁は勘弁してやろう」
冊子を振り上げたが、それで叩くことはせずに一夏は話を進める。
「部活に入るならそれでも構わない。だが、課題をしっかりとこなせないようなら、あっという間に授業について行けなくなり、その内退学になるだろう」
「ちなみに、剣道部の顧問は織斑先生です」
「私より相応しい人がいると言ったんだが、押し付けられてな」
「先生より強い人はいませんよ。それに、前顧問だった先生は、既に退職していますし」
「政府の役職に就いたんでしたっけ? まったく、日本政府もなにを考えているのだか」
本気で呆れている様子の一夏に対して、真耶は何処か嬉しそうな顔をしている。
「一夏先輩と比べれば、他の人は全員凡人なんですから、数を集めようと思うのは当然だと思います」
「俺だって努力してるんだが?」
「分かってますが、一夏先輩は人より能力が高いんですよ」
「あの、一夏兄? 山田先生とはどういった関係なんですか?」
一夏に馴れ馴れしい態度で話す真耶が気になり、千冬はそんな質問を投げ掛けた。
「俺が代表だった時の後輩だ。後釜と言われていたんだが、俺が引退するのと同時に一線を退いたんだ」
「そうだったんですか」
「とにかく、二人にはしっかりと基礎を叩き込んで、その上で授業に臨んでもらうつもりだから、覚悟するように」
無駄話は終わりだと、言外に告げた一夏は、さっそく補習を開始するのだった。
一夏の苦労が窺える……