京都に到着してすぐ、クラスに別れてバスに乗り込み京都見物が始まる。一組には海外勢の専用機持ちが集中しているので、バスの中はそわそわした空気に包まれていた。
「そんなに期待するものでは無いと思うんだがな」
「まだ不機嫌なのか? ナターシャさんは簪の護衛だから四組のバスに移動しただろうが」
「なら何故一夏兄の隣が私ではない! 一夏兄の隣は私の特等席のはずだろうが!」
「単純にあの人が教師だからだと思うがな」
現在一夏の隣には真耶が座っている。その理由は箒が述べたように教師だからなのだが、千冬は納得していない様子だ。
「ところで、私たちは何処に向かってるんだ?」
「お前、クラスで話し合ったのをもう忘れたのか? 私たちのクラスは、宇治平等院鳳凰堂に決まっただろうが」
「あぁ、あの十円玉の……」
千冬にとってはその程度の感想しか出ないのだが、セシリアたちは歴史ある建物に興味があるようで、千冬のローテンションに驚いている。
「千冬さんは楽しみではありませんの? 歴史ある建物を見学するなんて、めったに出来ない事だと思いますが」
「金さえ払えば見れるだろうが。そもそも、古い建物になんぞ興味はない」
「千冬って変なところはリアリストだよね……織斑先生が絡むとまったくもってダメなのに」
「私の何処がダメだというんだ! そもそも、一夏兄に近づく悪い虫は私と束さんで残さず駆除する事に決まっているんだ! 束さんが自由に動けなくなってしまった今、私だけが一夏兄に群がる害虫を駆除する事が出来るんだぞ!」
「害虫って……織斑先生に近づこうなんてする人がそんなにいるとは思えないけどな……確かにカッコいいけど、怒らせると大変な事になるっていう事は皆が知ってるわけだし」
シャルロットが言っている「大変な事」というのは、ここにいる誰もが説明されるまでもなく第二回モンド・グロッソ決勝の時に起った事だと理解しているが、千冬を納得させるまでの威力は無かったようだった。
「甘いな。そのような恐怖すらも凌駕するのが一夏兄の魅力だ。現にお前らだって、多かれ少なかれ一夏兄に好意を寄せているだろうが」
「まぁ、お世話になってるし、尊敬出来る人だしね」
「一夏教官には感謝の念しかない! 落ちこぼれだった私をここまで鍛え上げてくれたのは一夏教官だからな!」
「ラウラ、そればっかりだよ?」
「仕方ないだろ? もし一夏教官が私たちの事を鍛えてくれなかったら、お前たちと出会う事すら出来なかったかもしれないんだからな」
ラウラの言葉に、シャルロットが少し涙目になりながらラウラを抱きしめた。
「何だ? どうかしたのか、シャルロット?」
「ううん、出会えてよかったなと思って」
「私も、シャルロットと出会えたお陰で、美味しい物を沢山食べらるようになったから嬉しいぞ」
「ラウラは本当に甘いものが好きだよね」
そう言いながら、シャルロットは鞄から取り出した飴玉をラウラの口に放り込む。
「今日はイチゴ味か」
放り込まれたラウラも慣れたもので、一舐めして味を確認した後は、幸せそうな顔で飴を楽しんでいる。
「ラウラさんのこの表情を見ていると、なんだか幸せな気持ちになりますわよね」
「同い年なんだけど、妹みたいだよね」
「私の知らない間に、ラウラは愛玩動物になったのか?」
「そういう扱いではないんだろうが、そう見えてしまうな……」
よく見ればクラスメイトのほぼ全員が、ラウラの表情を見てホッコリとした気持ちになっているようだった。ここでは自分たちがマイノリティなのかと思いながらも、その事にツッコミを入れる事はせずに千冬は視線を一夏の隣――真耶に戻した。
「さっきからあの教師、一夏兄の横顔を盗み見てるような気がするぞ」
「お前の気のせいじゃないのか? というか、山田先生はさっきから私たちの方をチラチラと見てる気がするが」
「疚しい気持ちがあるから、私の目が気になるんだろうな」
「いや、下心がなくても、お前の視線は気になると思うぞ……あからさま過ぎる殺意に耐えられる人間は、それほど多くないと思うしな」
千冬が睨み続けた所為か、真耶は泣きそうな目になって隣の一夏に何かを耳打ちする。それが千冬の目には真耶が一夏の頬にキスをしたように見えたらしく、ただならぬ殺気を携えて真耶に突撃を仕掛ける。
「貴様、今一夏兄になn――ヒッ!?」
「教師に向かって『貴様』とは、随分と偉くなったものだな、織斑」
「い、一夏兄これは――」
「学校行事中は織斑先生だ! 織斑はこの旅行中は部屋で謹慎、学園に戻ったら反省文五十枚だ」
「何故っ!?」
千冬からすれば、謹慎は兎も角反省文は出来る事なら避けたい事だったので、必死に頭を下げたが一夏の許しを得られなかった。
「だから言っただろうに……」
一応千冬を止めようとしたので、箒の監督不行き届きは責められることは無かったのだった。
新幹線の中で反省したばかりなのに……