千冬が今にも立ち上がってナターシャに殴り掛かりそうになったかと思えば、いきなり肩を落として俯いたりと、普段千冬と付き合いがさほどない鷹月静寐や相川清香はハラハラした気持ちで千冬を眺めていた。
「あれって、止めなくてもいいの?」
「大丈夫ですわよ。箒さんがいますし、何よりあれで何時も通りですから」
「あれで何時も通り……噂では聞いてたけど、織斑さんのブラコンっぷりは私たちの想像をはるかに超えているのね」
「あれならまだましな方だよ。前は本当に殴り掛かりそうになったくらいだから」
「あれは驚きましたわよね。まぁ、千冬さんの表情を見ただけで相手が気絶してくれたお陰で、大惨事にはならなかったのですが」
実は夏祭りの際、一夏の姿を見た女性客が一夏に近づこうとしたことがあったのだが、千冬が物凄い不機嫌オーラを携えて女性客に殴り掛かろうとしたのだ。もちろん相手は一般人なので、千冬の殺気に耐え切れずに一瞬気絶し、すぐにその場から逃げ出したのだった。
「あの後一夏教官にこっ酷く怒られたようだがな」
「そりゃそうよ。あたしもさすがにやりすぎだと思ったもの」
「あら鈴さん。クラスメイトたちとのお喋りは良いのですか?」
「あっちは真面目な子が多いから退屈なのよね。その点こっちは千冬や箒がいるし、見てるだけでも飽きないし」
「出来れば止めて欲しいんだけど……」
静寐や清香からすれば、今の話に出てきた一般女性客と大して変わらない立場なので、千冬が完全に暴走する前に止めてもらいたいのだが、セシリアたちにその気持ちは無いようだ。
「暴走しても、一夏教官が殴り倒すだろうから心配する必要は無い」
「それって安心出来ないと思うけどね」
「シャルロットだって、口ではそんな事言ってるけど、全然心配してる様子が無いじゃない」
「さすがに慣れたって」
転校当初こそ戸惑ったりしたが、こうして付き合いを重ねていく内にシャルロットもあの光景を見慣れてしまったのだ。
「鷹月さんや相川さんも、いずれ慣れると思うよ」
「あんまり慣れたくないわね」
「私も……」
確かに千冬の百面相を見ているだけなら楽しいのかもしれないが、何時爆発するか分からないという恐怖を拭い去れないのだ。そしてそんな恐怖感に慣れたくないというのが、一般女子の普通の考え方だろう。
「ところで、何時になったら京都に到着するのよ。いい加減新幹線も飽きてきたわね」
「鈴さんの飽きっぽいのも問題ですわね」
「まだ一時間くらいかかるよ」
「まだそんなにあるわけ? ISでビュンって行った方が早いわよ、それなら」
「許可なくISを展開して、一夏教官の大目玉を喰らいたいならすればいいだろ。私はそんな事は御免だ」
「あたしだって、一夏さんに怒られるのは御免よ……本気の拳骨は、頭が割れるんじゃないかってくらいの衝撃だったし……」
「織斑先生って、本気で怒ったりするんだ……」
一夏が小言を言ったり出席簿で頭を叩いたりする姿は静寐や清香も見た事があるが、本気で怒った姿を見たことは無い。それは彼女たちが怒られるような事をしていないからでもあるのだが、基本的に一夏は身内やそれに準ずる相手くらいにしか本気で怒らないのだ。
「その所為で今でも花火はトラウマなのよね……」
「私も……二度と一夏教官のプライベートスペースに侵入しようとは思わなくなった」
「鈴さんのは聞いたことがありますが、ラウラさんは何をしたんですの?」
「織斑先生が不在の間に、部屋に忍び込んで殺されかけたんだっけ?」
「その話をするな! 今でも震えが……」
「千冬や箒でもしないわよ、そんな自殺行為……」
昔束が一夏の部屋に忍び込んで半殺しに遭って以降、あまり一夏の部屋に忍び込もうという考えは彼女たちの中に生まれなくなっていた。もちろん、一夏の生活空間を満喫したいという気持ちはあるので、たまにそういう考えを起こしたりはするのだが、実行には至っていない。
「まさか手刀で扉が斬れるとは思って無かったんだ……」
「「えっ?」」
「まぁ一夏さんならそれくらい出来るでしょ。篠ノ之博士が開発した盗撮用ロボを手刀で真っ二つにしたって噂だしね」
静寐や清香にとっては衝撃的な発言だったのだが、鈴からしてみれば至極当然の事だったので、更に衝撃的な発言をする。
「……鷹月さん」
「……何、相川さん?」
「もしかして私たち、とんでもない人たちと班を組んじゃったのかもしれないね」
「オルコットさんやデュノアさんはまともだと思ってたのにね……慣れって怖いわね」
すっかり毒されているセシリアやシャルロットを見ながら、静寐と清香は揃ってため息を吐いた。今日から三日間はこのメンバーで行動しなければいけないので、自分たちが毒されなければ良いがと、そっと祈るのだった。
慣れたくはないな……