生まれてから今まで、自分が専用機を持つなんて思ってもみなかったクロエは、自分の前に跪いたISに感動しながらも、フィッティングとパーソナライズを済ませる為に自分の身体をISに預けた。
「そう言えば束様、この機体の名はなんというのでしょうか?」
「いろいろ考えたんだけど、いっくんの飛縁魔から貰って、閻魔にしたんだ~」
「閻魔大王ですか?」
「そうそう! 本当は、クーちゃんが善人か悪人かを判断して、相手のISを停められるようにしようかとも思ったんだけど、いっくんに怒られたからその機能は作らなかったんだ~」
「そんな機能を搭載して、お前がクロエを裏から操って世界中のISを停められたら堪らんからな」
「良いも悪いもクーちゃん次第だよ」
どこかで聞いた事があるようなフレーズを楽しそうに言う束とは対照的に、しれっと現れた一夏は完全に疲れ切った様子でその場に腰を下ろした。
「この子は他のISとは少し違うんだよね~」
「どのように違うのでしょうか?」
「武器は一切搭載してないから」
「丸腰でどのように戦えばいいのでしょうか?」
一夏の手伝いをしろと言われたのだから、それなりに戦闘もあるのだろうなと思っていたクロエにとって、武器が一つもないというのは衝撃的な事だった。だが束はその反応を見たかったといわんばかりに満面の笑みを浮かべている。
「クーちゃんが念じれば、相手に地獄の沙汰が下るから」
「地獄の沙汰、ですか?」
「まぁ、攻撃が来るのは天上からなんだけどね~」
「……どういう意味でしょうか?」
イマイチ束が何を言いたいのかが分からなかったクロエは、首を傾げながら一夏に尋ねる。ここで束に尋ねない辺り、クロエの中でも一夏の方がはるかに常識人だと位置づけられている証拠だ。
「さっき束は武器を搭載していないといったが、それはあくまでも刀剣や銃火器の事だ。その機体は天候を操り、雷を自在に生み出す事が出来る機能が搭載してある……というか、束が面白半分で造った装置を、IS用に改良したんだがな」
「有象無象共が急に変わった天気でどう動くのか観察しようかと思ったんだけど、そもそも束さん有象無象の区別が出来ないから、観察する事が出来なかったんだよね~。だから、結局没にしたんだけど、まさかこんな形で役に立つとは~」
「私は別に、普通の武器でも良かったのですが」
「クーちゃんが昔、いろいろな武器を使って訓練してたのは知ってるよ。でも、クーちゃんはそれが嫌だったんじゃないの?」
「それは……」
クロエは武器を使う事が嫌だったのではなく、結果が出ずに出来損ない扱いされていた事を思い出すから嫌なのだ。だが束や一夏が自分の事を出来損ない扱いするはずもないと分かっているので、普通の武器でも十分に戦えたはずだとクロエは思っていたのだ。
「手伝いといっても、あまり大っぴらに顔を出せるわけではないからな。茂みに隠れて遠距離から援護してくれればそれでいい。そして、千冬や箒たちは連携訓練をさほど積んでいるわけではないから、銃火器の援護よりはこっちの方が効率的だからという理由だ」
「それは内緒だって言ったじゃないか~! クーちゃんが気にしてる事を思い出させないようにこの装置をいっくんに改良してもらったのが台無しじゃないか~!」
「本当の事を話しておいた方が、クロエも後々考えなくて良いだろうが。お前は後先考えずに突っ走るから、事後処理が大変なんだろ、俺が」
「痛いっ!? いっくん、こめかみをぐりぐりするのは止めて~」
「い、一夏様! 束様が浮いていますからそのくらいで」
一夏の制裁で束の身体が宙に浮いたのを見て、クロエは慌てて一夏を止めに入った。
「やっと何時ものクーちゃんらしくなったね~。クーちゃんは難しい事は考えずに、束さんといっくんの事を助けてくれればいいんだよ」
「少しは考えた方が良いとは思うが、変えられない過去を気にして、無限に広がっている未来を閉ざすのは止めるべきだな」
「束様、一夏様……ありがとうございます」
全く違う表現ではあったが、二人が自分の事を心配してくれているという事を実感して、クロエは涙を堪えた頭を下げた。
「あっー! いっくんがクーちゃんを泣かした~!」
「なら、お前も泣かしてやろうか?」
「い、いっくん? 目が本気に見えるのは気のせいかな?」
「バカな事やってないで、さっさと終わらせろ。何時ものお前ならとっくに終わってるだろ」
「うへぇ~……いっくんには束さんが手を抜いてるように見えるんだね? それは心外だよ~。束さんは、愛する娘の為に、最善を期してるのだよ~」
「お前の中で、箒よりクロエの方が上なんだな」
箒たちの機体のフィッティングどパーソナライズはもっと早く終わっていたような気がすると、一夏はそんな事を呟いたのだった。
ただ一夏に対してはいつも通り……