一夏に料理を教えてもらったお陰なのかは分からないが、ここ最近クロエは食材を消し炭にする回数が大幅に減っている。いくら束が消し炭だろうがゲルだろうが問題なく食すとはいえ、出す方からすればそんなものを食べさせたくなかったので、ここ最近は穏やかな気持ちで毎日を過ごせていた。
「やっぱりいっくんは先生に向いてるんだろうね~」
「どうしたんですか、いきなり」
食事を終えてお茶を飲んでいた束がいきなりそんな事を言い出したので、クロエは首を傾げながら言葉の意図を束に尋ねた。
「だって、クーちゃんの料理、いっくんに教わる前と後で各段に進化してるからさ~。もちろん、クーちゃんが作ってくれたものなら何でも食べるけど、前より美味しくなったのは確かだからさ~」
「確かに一夏様に教わってから、ある程度余裕をもって料理に臨めていますが、私などまだまだです」
「いっくんや束さんじゃないんだから、一度教わればある程度出来る人間なんてそういないって~。まぁ、束さんは自分が興味のある事しか出来ないけどね」
束なりのフォローなのだろうと、クロエは束の言葉に頭を下げる。自分が普通の出自ではない事も気にしているのを見抜いてのフォローだと理解出来るくらいの信頼感があったので、束の言葉を否定する事はしなかったのだ。
「いっくんは昔からちーちゃんや箒ちゃんに指導してたし、クラスメイトの有象無象たちに勉強を教えてたりもしてたから、先生が天職なんだとずっと思ってたけど、ISに関しても天才的だったから、束さんがこっちの世界に誘ったんだよ~。その結果、IS学園の先生という、ある意味最強の職に就けたのかもしれないけど」
「そもそも束様がISを発明さえしなければ、一夏様は普通の日常を送れたのでは?」
「………それは兎も角」
「(あっ、誤魔化しましたね)」
クロエに指摘されるまでその事に気付いていなかったようだった束は、あからさまに話題を変えた。クロエも心の中ではツッコミを入れたが、それ以上は何もしなかった。
「クーちゃんには束さんの代理で、京都に行ってもらう事になるからね」
「京都、ですか?」
「そうだよ~! いっくんのお手伝いをしてもらう事になると思うから、クーちゃんの為にこれを造っておいたからね」
「これは……」
束がスイッチを押して現れた物を見て、クロエは言葉を失った。
「これは~、クーちゃんの専用機だよ~」
「何処の国家にも属していない、出来損ないの私が、専用機を持ってよろしいのでしょうか?」
「これは、束さんがクーちゃんの為だけに造ったISだから、クーちゃんがいらないって言うならスクラップにするしかないんだけどな~?」
「あ、ありがたく頂戴いたします」
束のマイルドな脅しに、クロエは素直に専用機を貰う事にした。千冬や箒が専用機を持つ時に使ったのと同じ抜け道を今回も使うのだが、クロエは二人が専用機を持つ時の経緯を知らないので、そんな抜け道が使えるのかどうか不安だった。
「心配しなくても、束さんといっくんが『お願い』すれば、だいたいの事は許されるから」
「そうなのですか?」
「うーん、クーちゃんは素直だね~。ウリウリしちゃう」
「や、止めてください」
束が使った「お願い」という言葉を素直に受け取ったクロエの頭を、束は少し乱暴に撫でる。
「クーちゃんが専用機を持ってくれれば、束さんも安心してお遣いを頼めるからね」
「お遣い、ですか?」
「そうだよ~。いっくんに何でもかんでも押し付ける奴らに文句は言わせないし、言って来たところでクーちゃんを止められるわけがない。束さんがクーちゃんの為だけに造ったこの子は、クーちゃんの潜在能力を全て引き出してくれるから」
「潜在能力、ですか?」
「クーちゃんが自分の出自を気にしてるのは仕方ないけど、クーちゃんの身体には普通の人間とは違う能力が秘められてるんだよ。だから、束さんはここ数日クーちゃんのデータを集めてたんだ」
「私のデータ……?」
「だから言ったでしょ、この子はクーちゃんの為だけの専用機だって」
既に自分のデータが打ち込まれていると知らされ、クロエは改めて正面のISを見詰める。
「実はこの間いっくんに料理を教えてもらいに行ったのは、クーちゃんのデータをいっくんに再確認してもらう為でもあったんだよね~。クーちゃんが後片付けをしてる間に、いっくんがパパっと確認してOKをもらったから造ったんだよ~。さぁさぁ、残りのフィッティングとパーソナライズを終わらせちゃおう」
束に背を押され、クロエはISの前に移動する。するとISがクロエを待っていたかのように跪き、クロエを操縦席へと迎え入れる。たったそれだけの事なのに、クロエは驚きを覚え涙を流したのだった。
箒以上のコネっぽい……