放課後、一夏からの提案に楯無と虚は顔を見合わせて考え込んでいた。確かにナターシャが簪の護衛として京都に同行してくれれば、これほど頼もしい事はないが、現状の更識家を考えれば、国内旅行であろうが旅費を工面するのが難しいのだ。
「どう思う?」
「資金面から考えれば、即答出来る問題ではありません。まぁ、この間お嬢様が提案したものよりから確実だとは思いますが」
「そうかしら? 旅費もそれほどかからないし、私的には簪ちゃんの身をこの手で守る事が出来るから、あっちの方が良いんだけど」
「段ボールに入って配達されるなんて、普通ありえません。ましてやお嬢様が京都見物したいだけのように思えますし」
「そ、そんなわけないでしょ!? 私だって、現状を理解してないわけじゃないんだから」
当主として、今はふざけている場合ではないと楯無もしっかりと理解している。それでも疑われるのは、日ごろの行いがあまりにも悪かったからだろう。
「一夏先輩、何とか半分学園から出してもらえませんか? 生徒の護衛として派遣するわけですし」
「俺個人としては出しても良いと思うが、あのケチな学長が首を縦に振るとは思えないな。業者を雇わず人に押し付けてるあの爺が」
「一夏先輩、相当ストレスが溜まってるんですね……」
「夏のボーナスも大したこと無かったからな」
一夏の年齢を考えれば、それほどボーナスが出るはずがないのだが、そんな常識が当てはまらないくらい、一夏は仕事を押し付けられているのだ。
「最悪、一夏先輩が立て替えてくれたりは――しませんよね」
「立て替えたものを誰が返してくれるのかにもよるがな」
「更識が復興すれば、それ相応の料金を支払う事は出来るでしょうけど、それが何年先になるか分かりませんからね……出世払い程当てにならないものも無いでしょうし、ましてやお嬢様ですからね」
「それどういう意味よ!?」
虚がため息交じりに呟いたことに反応した楯無だったが、今は遊んでる場合ではないと思い直し別の考えを纏める為に腕組みをする。その行為を虚は自分に対する当てつけだと受け取ったようだった。
「そんなに自慢したいのですか?」
「えっ、何が?」
「その脂肪の塊を見せつけて、優越感に浸っているのですかと聞いているのです」
「脂肪の塊って酷くない!? というか、そんなことして遊んでる場合じゃないって、私だって分かってるんだけど? 最近虚ちゃん、前以上に気にし過ぎだと思うんだけど」
楯無に言われて、確かに最近の自分は気にし過ぎてるような気もすると、虚は反省し頭を下げたが、やはり楯無の胸に鋭い視線を向けてしまう。
「この肉を解体して売れば、いくらか用立てる事が出来るのでは――」
「怖いから!? というか、私より先に本音の方にしてくれる!?」
「お前ら、遊んでる暇は無いんじゃなかったのか」
一夏にツッコまれて、楯無と虚は素直に頭を下げて代案を考え始める。
「やっぱり一夏先輩に用立ててもらうのが一番なんでしょうけどね」
「確実に不渡りになる小切手を受け取ってくれるはずがないでしょうが」
「借金のかたとして、私と簪ちゃんをつければ――」
「織斑先生はそう言った事を善とする人ではないでしょうが」
「そうなのよね……女として自信が無くなっちゃうくらい、一夏先輩は私たちに興味を持ってくれないのよね」
自分と一夏の年齢差を考えれば、妹扱いなのも仕方ないと思う一方で、少しくらい興味を持ってくれてもいいんじゃないかと、楯無は常日頃そんな事を思っていた。
「一夏先輩、ナターシャさんの旅費を立て替えてくれませんか? 絶対に返しますので」
「当てがあるのか?」
「いざとなれば、私がモンド・グロッソで優勝して、その後何処かのIS企業に就職してお金を稼ぎます! 何だったら今まで断ってきた写真集だろうがイメージDVDだろうが何でもやってお金を作ります! だから、簪ちゃんの安全の為にお金を貸してください」
「……別にそこまでしろとは言わないが、お前の覚悟は分かった。期待しないで待っているから、慌てて返そうとは思わないように」
楯無が冗談ではなく本気で簪の身の安全を考えている事が伝わったのと、楯無の覚悟が伝わり、一夏はナターシャの分の旅費を代替する事を承諾した。
「もっとも、ナターシャがお前たちの依頼を受けるという保証はないので、その辺りの交渉がうまくいったらまた俺のところに来い」
「わ、分かりました! 虚ちゃん、早速で悪いんだけど、ナターシャさんのところに行ってくれる?」
「旅費以外の報酬は如何しましょう?」
「……成功したら、自由を約束するって事じゃ駄目かしら?」
「交渉次第でしょうね……」
先立つものがない自分たちが情けなく思えたが、何とかしてナターシャにOKを貰おうと楯無たちは問題を先送りにしてナターシャに交渉するために裏庭に向かったのだった。
当面の問題は資金だな……