本音が自分の事を心配し過ぎている事は、簪も気づいている。その所為で最近は一人になれる時間が少なくなっているし、いつも以上にべったりなので、多少鬱陶しさも感じていた。
「現状がそうしなければいけないっていうのは私も分かるけど、あれは大袈裟だよ……」
「一人で何黄昏ているんだ」
「織斑先生……いえ、ちょっと本音の事で」
「楯無の命令だろ? アイツはお前の事になると過保護という言葉で片づけられない程の心配性になるからな」
「お姉ちゃんや本音が、私の事を心配してくれているのは分かるんですけど、ちょっと鬱陶しいんですよね」
簪のはっきりとした感想に、一夏は苦笑いを浮かべた。彼女たちの気持ちは簪にしっかり届いてはいるが、やはり過剰な分は嫌がられているとはっきりと理解したからだ。
「全くですよね。私も簪ちゃんの事は気に掛けてるというのに、完全に存在を忘れられてる気分です」
「み、碧さん……いたんですね」
「さっきからずっと見てたぞ?」
気づかなかったのかと一夏に視線で問われ、簪はゆっくりと視線を逸らした。彼女は気配に疎い方ではないが、碧相手では歯が立たないのだ。もちろん、楯無や虚でも、碧の気配を掴むことは難しいのだが、簪は気づけなかった自分が恥ずかしく思えたのだ。
「コイツの気配はなかなか掴めないからな。本音が過剰に簪の事を気に掛けるのも仕方がないのかもしれないが」
「だって、簡単に気配を掴まれたら、相手にも知られちゃうでしょ? ましてや今回の敵の半分以上が元身内、更識を裏切った連中なんだから」
「一時期二重スパイをしていた人間は、余計に気づかれるわけにはいかないという事か」
「二重スパイは酷いわね。私はご当主様の命令で、敵の情報を探っていただけよ。こちら側の情報は、本音ちゃんがやる気がないって事くらいしか流してないんだから」
「それで良く相手の情報が引き出せましたね……」
「簪ちゃんがさっき思ったように、私は気配が薄いから、秘密会談だろうが何だろうが、隠れて聞けたからね」
敵側に碧並みの気配察知が出来る人間がいないのと、碧が本気で隠れれば見つけ出せるのは一夏と束くらいな事を考えての配置だったのかと、簪は今更ながらに楯無の考えの凄さに気が付いた。
「まぁ最初は刀奈ちゃんも、こちら側の情報をある程度犠牲にする覚悟だったんだけどね。思いのほか向こうの情報管理が笊だったから、簡単に手に入れる事が出来たのよ。もちろん、偽情報も紛れ込ませてたから、その判断は刀奈ちゃんがしてたんだけど」
「そうなんですか? お姉ちゃんもたまにはちゃんと働いてたんだ……」
「お前の中の刀奈は、随分と頼りないんだな」
「だって、虚さんや織斑先生に泣きついて仕事を手伝ってもらってるイメージが強いんですもん」
「まぁ、あながち間違ってないわよね? 散々織斑君に泣きついて助けてもらってるシーンを見てきたし」
「最近は減ってきてるがな……」
「生徒会長と暗部組織の当主、それに加えて現役の国家代表だものね。誰かに頼りたくなる気持ちは分からなくはないけど、ちょっと多すぎよ。私だって織斑君に泣きついたりしてみたいのに」
ふざけ半分なのは明らかだが、簪は少し慌てたように碧の言葉に口をパクパクさせている。簪から見ても一夏と碧はお似合いなので、もし本気で碧が一夏の事を狙うのであれば、自分が太刀打ちできるわけがないと思ったのだろう。
「冗談よ。私が泣きついても、織斑君は相手してくれないでしょうし」
「お前の演技は白々しいからな」
「そんなこと無いと思うけど? それに、刀奈ちゃんの方が白々しいと思うんだけど?」
「アイツのは白々しいのを通り越して嘘くさいからな。演技かどうかはそれですぐにわかる」
「お姉ちゃん、そんなに織斑先生に泣きついてたんですか?」
「アイツが日本代表候補生に選ばれた時からの付き合いだから、かなりの数になるだろうな。あの時はいろいろあったわけだし」
「……いろいろ」
その言葉が何を指すのか、簪は誤解する事は無かった。楯無がまだ刀奈で、父親が健在だった時からの付き合いだという事は、当然彼女の名前が変わった原因も知られている。そしてそれが暗殺だったという事も、一夏は知っているのだ。
「そう言えば織斑君、元アメリカ軍所属の彼女だけど」
「ナターシャがどうかしたのか?」
「京都で簪ちゃんの護衛として連れていくわけにはいかないの?」
「その旅費は当然更識家が出してくれるんだよな?」
「それは私個人で決めかねるから、ご当主様に聞いてくださいます?」
「……都合が悪いとすぐそれだな、お前は」
白々しくそっぽを向き、口笛を吹いた碧に、一夏は肩を落としてため息を吐きながら、力のないツッコミを入れたのだった。
四六時中一緒はさすがに滅入るよな……