部屋に戻った楯無は、ベッドに身体を投げ出してため息を吐いた。
「たっちゃんがため息なんて珍しいね。明日は雨かしら」
「失礼ね、薫子ちゃん。私だってため息くらい吐くわよ」
「織斑先生に頼り切って、自分では悩まないたっちゃんがため息を吐いてるところなんて、一年から数えて片手で足りるくらいじゃないかしら? それを『珍しくない』なんて言える程、私は寛容じゃないわよ」
「薫子ちゃんの前ではため息を吐かないだけど、しょっちゅう吐いてるんだから」
「一応私に気を遣っててくれたんでしょ? でもそのたっちゃんが私の前でため息を吐くほどの事があるって事なのよね? ジャーナリストとして詳しく聞きたくなるのは仕方ないんじゃないかな?」
そう言ってメモ帳とペン、そしてボイスレコーダーを取り出した薫子に、楯無は厳しい視線を向ける。
「話してあげてもいいけど、一生監視が付くし、虚ちゃんに怒られる可能性が高いけど、それでも聞きたいかしら?」
「遠慮したいわね。私は自由を謳歌するんだから」
「確かに薫子ちゃん、規則なんてクソくらえの人だもんね。だから立ち入り禁止区域に近づいては怒られてるんだし」
「絶対あの辺りが怪しいのよ! 織斑先生が生活してる場所を突き止めれば、学園新聞も飛ぶように売れる――じゃなかった。興味を持ってもらえるのよ」
「本音が漏れ出てたわよ? さすがに商売なんてしてないわよね?」
「当たり前でしょ。そもそも、そんなことしてれば、とっくの昔に織斑先生に怒られてるわよ」
「それもそうね」
あの一夏が薫子程度の悪だくみを見抜けないわけがないと納得して、楯無はとりあえず薫子への追及を取りやめた。
「面倒な事になりそうなのは確かだけど、さっきも言ったけど情報統制をしっかりしておかなければいけない案件なのよね。だから教えてあげられないわ」
「それなら仕方ないよね……興味はそそられるけど、監視なんてつけられたら自由に取材出来ないもの」
「薫子ちゃんなら、監視されてようが関係なく自由に動きそうだけど?」
「私だって一応気にしたりするんだからね? 傍若無人じゃないのよ」
「取材熱心なのは感心するけど、最低限のマナーは守って取材しなさいよね? この間薫子ちゃんのお姉さんのところの雑誌記者、行き過ぎな取材で問題になったんでしょ?」
「あれはちょっとした連絡ミスよ。しかも向こうのマネージャーのミスで、お姉ちゃんに落ち度はなかったんだからね」
薫子の姉が副編集長を務めている雑誌社がちょっとした問題を起こしたというのを、楯無は頭の片隅に記憶していた。その事を楯無に知られていた事と、事実と反する記憶のされ方をされていたので、薫子は慌てて楯無に真実を話したのだった。
「まぁその事は置いておくにしても、何事もやりすぎは良くないのよ。だから薫子ちゃんも、踏み入れて良い領域とそうじゃない領域かの判断はしっかりするように。私も、友人を消す事になるのはちょっと躊躇うし」
「怖い事言わないでよ!? 分かった、気になるけど諦めるわ……」
「別の人に聞こうとしても無駄だからね」
「……はい」
本音辺りに聞けば何か分かるのではないかと考えていた薫子は、楯無に釘を刺されて本気で諦める事にしたようだった。
「それにしても、たっちゃんと同じ部屋になって、これほど本気で脅されたのは初めてかもしれないわね」
「私だって脅したくないけど、本気で生死に拘わる案件なんだから、一般人である薫子ちゃんを巻き込みたくないのよ」
「たっちゃんだって一般人じゃない」
「知ってるでしょ? ウチが元々暗部組織だって事も、今ちょっともめてるって事も」
「そうだったわね……たっちゃんって忘れがちだけど、暗部組織の当主様だったのよね」
「まさかそんな事を調べ上げてくるとは思って無かったけど、知られちゃった以上仕方ないもの」
楯無は自分から薫子に教えたのではなく、薫子が自力で調べ上げたのだ。もちろん他言無用だと釘は刺しておいたし、情報が洩れればすぐに報復すると言ってあるので、今のところ薫子から情報が漏れ出る心配はない。
「それじゃ私はお風呂に行ってくるわね。薫子ちゃんは?」
「私はもう済ませたし、たっちゃんと一緒にお風呂に入っても自信を無くすだけだもの」
「そんなこと無いと思うけど?」
「その小さい身長に平均以上の胸、細いウエスト、張り出たヒップ、嫌味以外の何でもないわよ! そんなに自慢したいなら、たっちゃんのグラビア写真集でも作ってあげようかしら? 私の盗撮写真フォルダが火を噴く時が来たようね」
「どんなフォルダよ! というか、盗撮は立派な犯罪だからね!」
「冗談よ……半分くらいは」
ボソッと呟いた薫子の言葉に怯え、楯無は大人しく一人で大浴場へと向かったのだった。
何処の世界もマスコミ志望のキャラって……