ラウラと一緒に一夏のところに行ったはずの鈴が戻ってきたのを見て、千冬たちは首を傾げて彼女を出迎えた。
「一夏兄の用事とは何だったんだ?」
「あぁ、あたしにはよくわからない話だったし、別に怒ってなかったからそのまま戻ってきたのよ。だから、何の用事だったのかはラウラに聞いてくれる?」
「役に立たないヤツだ」
「そこ! 聞こえてるわよ」
「聞こえるように言ったんだから当たり前だろ」
箒がボソッと呟いた言葉に反応した鈴だったが、箒は最初から鈴に聞かせるつもりで呟いたのだ。だから鈴のこの反応にも、特に戦いた様子はない。
「とりあえず部屋に戻りません事? そろそろ食堂も混み始めますので」
「そうだな。一度部屋に戻って、ある程度人が減ってからまた来るとしよう」
「じゃあ何でここにいたのよ……あたしやラウラが戻ってくるなんて保証はなかったでしょうに」
「ただ単にだべっていただけだ。お前を待っていたわけではない」
千冬がそう言って立ち上がり、そのまま部屋に戻っていく。箒もそれに続くように立ち上がり食堂から去っていくのを、鈴たちはただただ見送る事しか出来なかった。
「おい、なんだか機嫌悪くないか?」
「別に……何時も通りだろ?」
「付き合いが長い私を誤魔化せると思ったのか? お前が鈴にあんな挑発をするなんて珍しいだろ」
「……昨晩、トイレに起きたんだが、一夏さんの部屋から姉さんともう二人の気配を感じた」
「何っ!? 何故それを早く言わなかったんだ!」
「私の気の所為かもしれなかったから言わなかったんだが、時間が経つにつれて確信に変わったんだ。だが一夏さんが夜中に女を部屋に連れ込むような人ではないと知っているから、姉さんが押しかけたんだろうと腹が立ってきただけだ」
箒の言葉に腹を立てかけたが、イラついている相手が束だと分かり、千冬はとりあえず落ち着きを取り戻した。
「他の二人とはいったい誰なんだ? 束さんがいたという事は、それなりに束さんに近しい人だろうが」
「少なくとも生徒会長たちじゃないのは確かだ。あの時間ではさすがに一夏さんに怒られるだろうからな……ただ何となく、ラウラの気配に似てた気がするんだよな……」
「ラウラに? だがアイツがそんな時間に一夏兄の部屋にいるわけがないだろ? そもそもラウラは、一夏兄の部屋を知らないはずだからな」
「だからますますわからないんだ……一夏さんに確かめようかとも思ったが、勘違いかもしれないから怖くて聞けなかったんだが……」
「今すぐ確認しに行くぞ! 一夏兄の部屋に急げ」
「今の時間ならまだ、校内にいるんじゃないか?」
千冬が暴走しかけている為幾分か冷静さを取り戻した箒が、今にも走り出しそうな千冬を止めて気配を探る。
「一夏さんの気配は相変わらずつかみにくい……職員室にいるようだな」
「職員室だな!? ……確かに一夏兄の気配があるな」
「行ってみるか?」
「当たり前だろ! お前だって気になってるんだろ?」
「まぁ、姉さんが迷惑を掛けたなら謝らないといけないからな」
「そんな理由を作りあげなくても、素直に一夏兄に会いたいって言えば良いものを」
「そんな理由じゃない! というか、そんな事を言えばお前が不機嫌になるだろうが」
「当たり前だろ! 一夏兄に近づく雌猫は私が全て始末すると決めてるんだからな!」
こんな展開になると分かっていたから、箒は素直に『会いたい』とは言えないのだ。どうせ束もこの会話を聞いているのだろうから、千冬だけではなく束からもなにをされるか分からないので、一夏に会いに行くときは何かしらの理由を見つけて会いに行くのだった。
「お前たち、こんなところで何をしてるんだ?」
「ラウラか。ちょうどいい、昨日の夜中、一夏兄に会わなかったか?」
「夜中というのが具体的に何時の事を言ってるのか分からないが、そんな時間に私が一夏教官に会えるわけがないだろう? 一夏教官が何処で生活しているのか、私は知らないんだからな」
「そうか、なら問題ない。私たちはこれから一夏兄に会いに行くから、もしかしたら食事の席に遅れるかもしれないとシャルロットに伝えておいてくれ」
「分かった。だが一夏教官に何の用なんだ? あの方はいろいろと忙しそうだから、用がないのに会いに行くのは迷惑だと思うが」
「確認したい事が出来たから聞きに行くだけだ。そもそも、そんなことお前に言われなくても分かっている」
「なら良いが。だがお前たちが一夏教官の機嫌を損ねるような事があれば、明日の授業が大変な事になるという事だけは覚えておけ。もうあんなことは二度と……」
「ら、ラウラ?」
急に震えだしたラウラを心配する箒を他所に、千冬はそそくさと職員室へ向かって行ってしまう。ラウラの事も心配だったが、千冬一人で一夏に質問させる方がもっと心配だったので、箒はメールでラウラの事をシャルロットに任せ、千冬を追いかけたのだった。
トラウマ持ちが多いな……