クロエが一夏に料理を教わっている間、束は部屋にあるモニターを覗き込んで遊んでいた。
「さすがにこんな時間だから、敷地内をうろついている気配はなしっと……ん? これはいっくんの知り合いの隠密だっけ?」
「小鳥遊がどうかしたのか?」
「こっちに近づいて来てるけど、会う約束でもしてるの?」
「クロエの気配を感じ取って確認しに来たんだろうな。あいつは気配に敏いから、お前は兎も角クロエの気配には気づけたんだろう」
「ただの人間にしては、随分と高レベルなんだね」
束は一夏以外の人間は、あまり相手にしなくてもいいレベルだと思っている。だがクロエの気配に気づけるのなら、多少は警戒した方が良いのかもしれないと思ったのかもしれない。
「こちらに敵対意思が無いと分かれば大人しく帰るだろうし、クロエはISを持ってないから警戒心もそれほど強くないだろう」
「ISの気配も分かるの? それはかなり高レベルだね~。まぁ、束さんやいっくんの足元にも及ばないだろうけどもね」
「そりゃ私は普通の人間ですから。織斑一夏や篠ノ之束と同レベルに成れるわけ無いじゃないですか」
「ノックも無しに、夜が深いこんな時に異性の部屋に勝手に入り込むなんて、タダの変態だったのか」
「違います! というか、貴女にだけは言われたくありません!」
音も無く近づいたはずなのに驚かれもせず、それどころか酷い事を言われて碧は大声で抗議したが、束は全く相手にせず一夏に視線を向けた。
「それで、クーちゃんの上達具合はどうかな?」
「一日で劇的に上達するわけないだろ。ある程度の基礎を教え込んで、後はお前のラボで反復して覚えるしかない」
「いっくんなら一日で劇的に上達させられるでしょ?」
「その結果クロエが料理嫌いになってもいいなら構わないが?」
「それは困るかな~? いくら束さんが何を食べても平気な胃袋を持っているからといって、クーちゃんはそうじゃないわけだし、一度クーちゃんの愛のこもった料理を食べてしまったら、もう十秒チャージのゼリーには戻れないからね~」
「私を無視しないでください! というか、篠ノ之博士たちは何の用件でこの部屋に来てるんですか?」
イマイチ状況が掴めない碧が、たまらず一夏に尋ねる。一夏は視線を碧に向け、そしてクロエを指差した。
「見ての通り、クロエに料理を教えている」
「クロエ・クロニクルです」
「ご丁寧に、小鳥遊碧です」
互いに自己紹介を済ませたところで、束がつまらなそうに碧の顔を覗き込んだ。
「うーん、やっぱり区別がつかないな~……」
「お前が他人に興味を持つなんて珍しいな」
「そりゃいっくんがそこまで警戒する相手だもん。束さんも一応認識しておいた方が良いかもしれないでしょ?」
「警戒? 織斑君が私を?」
「そこまで露骨に警戒してるわけじゃないんだがな……一応味方なんだからな」
「いっくんが完全に警戒心を懐かずに接するのって、束さんとちーちゃんくらいでしょ~?」
「お前らには最大級の警戒心を以て接しているんだがな」
過去にいろいろとされた経験があるからか、身内である千冬と、幼馴染である束に対しても常に警戒心を持っているのかと、碧は一夏に同情的な視線を向けるが、一夏が嫌そうな顔をしたのですぐに何時も通りの視線に戻すように努めた。
「束様、一応完成しましたので」
「おー! クーちゃんの料理、待ってました~! 贅沢な事を言えば、いっくんの料理も欲しかったところだけどね~」
「誰がこんな時間に不法侵入してきたヤツに飯なんて作るか」
「またまた~。いっくんは本当にツンデレなんだから~。いっくんが結婚できる相手は、この束さんくらいしかいないんだから、そろそろ諦めて――っていっくん? その武装は何かな?」
「飛縁魔を部分展開しただけだ。駄ウサギを仕留めるにはこれだけあれば十分だろ」
「ちょっとタンマ! 束さん、このまま死にたくない!」
「なら減らず口を叩かず、大人しく食って帰るんだな」
「仕方ないね……うん、何時もより愛情が篭ってる気がするよ~」
碧は聞いていた通りだと一夏と束のやり取りを冷静に眺めていたが、クロエはひやひやした様子で二人のやり取りを眺めていた。ここで止めに入らない辺り、クロエもまだ命が惜しいのだろうと碧は感じ取っていた。
「ご馳走様! それじゃあクーちゃん、さっそくラボに帰って反復練習開始だね!」
「そ、そうですね。それでは一夏様、小鳥遊様、私たちはこれで失礼いたします」
礼儀正しく一礼したクロエと、逃げるように去っていた束を見送って、一夏はため息交じりに束が使った食器を片付け始める。
「まるで食い逃げね」
「何時もの事だ」
見たまんまの感想を告げる碧に、一夏は仕方がないといった感じで答え、あっという間に片づけを終わらせたのだった。
文字通り「脱兎のごとく逃げ出した」な……