マドカと飛縁魔の言い争いに目もくれず、一夏は早々にサイレント・ゼフィルスの整備を終わらせた。
「これでいきなり停まるという事は無いだろう」
「お兄ちゃん、私的には嬉しいんだけど、一応私とお兄ちゃんは敵同士なわけで、お兄ちゃん的には面倒事を増やしちゃったんじゃないの?」
「この程度で面倒事だと思える程、平和な日常を送ってきたわけでもない。今更敵の一人や二人増えたところで、日常になんら影響はないから安心しろ」
「いったいどんな生活をして来たらそんな感想が出るの?」
さすがのマドカも、束のように衛星をハッキングしてまで一夏の事を見ていたわけではないので、一夏が今までどのような生活を送ってきたかなどは全て把握しているわけではないのだ。
「それを聞くのはダーリンに失礼よ? 思い出したくもない過去だって沢山あるんだから」
「何故お前がそれを知っている」
「私とダーリンは精神的に繋がってるんだから、貴方の過去を垣間見るくらい出来るのよ」
「別にみられて困る過去があるわけではないから良いが、勝手に人の過去を言いふらすのは止めろ」
「私がダーリンの過去を言いふらすわけ無いじゃないの。私だけのダーリンなんだから」
「最近お前も病んできてないか?」
飛縁魔が若干怖い存在になりつつあると、一夏は最近彼女を展開していない事を少し後悔していた。ずっと待機状態でいる事にストレスを感じているのかもしれないなと、これからはたまに展開して動作確認でもしようと心に決めたのだった。
「兎に角、血縁者が事故で怪我をするという事態は、例え敵同士だったとしても精神的に期するものがあるからな。万全な状態で負かした方が、マドカも諦めがつくだろう」
「さすがお兄ちゃん、言ってくれるね。一応忠告しておくけど、私は千冬のように生ぬるい世界で生きてきたわけじゃないから、一筋縄ではいかないんだからね」
「あの子もあの子で一筋縄ではいかない変態だけどね~」
「そういう意味じゃないわよ! というか、いちいち私とお兄ちゃんの会話に割り込んでこないでくれる?」
「この人に話しかけるという事は、私に話しかけてるのとイコールなのよ?」
「どういう理屈よ! そもそも、お前が割り込んでこなければ、私とお兄ちゃんの二人だけの世界だったのに」
「そんな事を私が許すとでも思ってたの? 貴女のような小娘とダーリンを二人きりにさせたら危険だもの。貴女からは篠ノ之束や千冬ちゃんと同じ匂いがするもの」
「私をあの二人と同じように扱うな! アイツらは敵なんだ!」
飛縁魔からすればマドカも十分に一夏の心労の種なのだが、どうやらマドカはその二人と一緒くたにされたくないようだった。
「とりあえず、今日のところはこれで帰るね。お兄ちゃんとも話せたし、サイレント・ゼフィルスをも診てくれたし」
「最初からそれが目的だったの? だとしたら、随分とあさましい雌猫ね」
「お兄ちゃんの彼女面してるオバサンよりはつつましいと思うけどね」
「「殺すっ!」」
「落ち着け……」
一触即発な雰囲気に、一夏は盛大にため息を吐いて二人の頭を同時に叩く。後ろから叩かれた所為で、二人は前のめりに倒れ、互いの頭に頭をぶつけた。
「な、何するのよ!?」
「酷いよお兄ちゃん!?」
「既に消灯時間は過ぎてるんだ。あんまり大声を出されると起きてくる生徒がいるかもしれないだろ。そもそも、マドカは不法侵入の現行犯なんだから、俺以外に見つかると面倒じゃないのか?」
「私がそう簡単に捕まるとでも?」
「あまりここにいる人間をなめない方が良い。俺以外にも実力者は大勢いるからな」
「お兄ちゃん以下の実力者なんて、私にとっては相手にならないもん。それに、お兄ちゃん以外に見つかってあげるつもりも無いからね」
そう言い残して、マドカは音も無く姿を消した。気配も完全になくなったのを感じ取り、飛縁魔は不満そうに一夏を見詰める。
「逃がしちゃってよかったの? あの小娘を捕まえれば、今後の展開が楽になったかもしれないのに」
「別に構わないだろ。捕まえたところで、束が息を荒くしてやってくるだけだろうしな」
「それはそれで面倒ね……というか、あの小娘と私を同じように扱うなんて、ダーリンにはお仕置きが必要かしらね?」
「やかましいのには変わりなかっただろ? それに、同じように扱った覚えは無いが」
「ダーリンと私の間には、血縁以上の関係があるのよ? それをあんな小娘と同レベル扱いなんて、私が耐えられるわけ無いじゃないの!」
「だからやかましいと言っているだろ……はいはい、お前は特別だよ」
「心が篭ってないわね。これは部屋で本気のお仕置きをするしかなさそうね」
妙にやる気になっている飛縁魔を見て、一夏は今日一番のため息を吐いたのだった。
微妙に羨ましくないのは、原作一夏と一緒か……