飛縁魔が挑発を止めたところで、一夏はマドカを正面に見据えて問いかける。そろそろ束が介入してくるだろうから、あまり時間は残されていないと思っての事だ。
「今日ここに来た理由は何だ」
「そんなの、お兄ちゃんの誕生日をお祝いしに来たに決まってるじゃん。毎年お祝いしたかったけど、足が無かったから」
「それがイギリスが開発していたIS、サイレント・ゼフィルスか」
「別に専用機なんて欲しくなかったけど、こうやってお兄ちゃんに会いに行くための足として使えるなら貰っておいて正解だったかな」
「それがどういう経緯でマドカの物になったのか、知っているんだろ?」
「強奪してきたんでしょ? でも当然だよ。弱いやつが強いやつに逆らったところで、殺されるか奪われるかのどっちかなんだから」
「逆らったわけではなく抵抗したんだろ。そもそもお前たち亡国機業がイギリス政府を襲ったんだから、抵抗するのは当然だと思うがな」
「お兄ちゃんの考え方は理解出来るけど、あのままイギリスが所持してたところで、完成はしなかっただろうし。今だって辛うじて動いてるだけで、少しでも回路に不具合が発生したら動かなくなるだろうし」
マドカはあっさりと言っているが、一夏と飛縁魔にとっては気楽に話せる内容ではないし、さらりと流して良い事でもなかった。
「マドカ、サイレント・ゼフィルスを見せてくれないか?」
「いくらお兄ちゃんの頼みでも、それは出来ないよ。私とお兄ちゃんは今、敵同士なんだから。敵に自分の武器を見せるなんて、そんな事誰がするの?」
「別に俺はお前と敵対しているつもりは無い。ただISに関わる者として、危険が伴うISをそのままにしておくことが出来ないだけだ」
「そう言えばお兄ちゃん、日本の候補生の専用機の製造にも関わったんだっけ? 整備士としても一流なんて、さすがはお兄ちゃんだよね」
「マドカ」
マドカが話をうやむやにしようとしているのを感じ取り、一夏は真剣な眼差しでマドカの名前を呼ぶ。名を呼ばれたマドカは、しびれたような表情で一夏を見詰めていた。
「お兄ちゃんだから見せるんであって、別に深い意味は無いんだからね」
何か言い訳を始めたマドカだったが、一夏はそれを取り合う事はせず、すぐにサイレント・ゼフィルスの全体を観察し始める。こうなったら声をかけても気が付かないと知っているので、飛縁魔はため息を吐いてマドカと一夏の間に割って入った。
「何のつもり?」
「今のダーリンは隙だらけだからね。アンタが暗器などを持っていた場合、抵抗しない可能性があるから」
「私がお兄ちゃんを傷つけるわけないでしょ? というか、お前みたいな機械が『ダーリン』って呼んでいい相手じゃないんだよ!」
「私と彼は、熱い夜を過ごした仲なのよ? 貴女みたいに血が繋がってるだけの小娘とは格が違うのよ」
「ぐっ……」
マドカが何を想像したのか、飛縁魔には手に取るように分かっていた。実際一夏と飛縁魔が過ごした夜は、千冬が誘拐されて敵を半殺しにしただけで、マドカが思っているような展開ではないのだが、あえてそう思わせるように言ったのだから、飛縁魔の勝ちであろう。
「そういうわけだから、大人しくしててね。万が一怪しい動きをした時点で、アンタの血、全部抜いちゃうから」
「お兄ちゃんが所有者の割に、随分と下品な専用機なんだね」
「下品は美徳だもの。それに、あの人が真面目だから、私がこうやってふざけてバランスをとってるのよ」
「どんな理論よ」
マドカと飛縁魔がにらみ合いを展開している後ろで、一夏は何か工具を取り出しサイレント・ゼフィルスを整備し始める。普通ならマドカは止めに入らなければならない展開だが、一夏に大して全幅の信頼を寄せているので、特に慌てる素振りは見せない。
「それにしても……」
「何よ?」
「千冬ちゃんに瓜二つなのに、一部分だけは随分と違うと思っただけよ」
「貴様っ! 何処を見ていっている!」
「何処ってそりゃ、その貧相な二つの膨らみよ。去年の千冬ちゃんはもう少しあったと思うんだけど」
千冬とマドカとの間には、一歳の差があるのでそこを考慮しても、マドカのソレは千冬のソレとは明らかに成長速度が違っていた。
「亡国機業所属って、随分と貧相な暮らしぶりなのかしら?」
「お前には関係ないだろ! だいたい、大きいからって何になる!? お兄ちゃんはそんな脂肪の塊で女性を評価する人間じゃない!」
「それはそうだけど、怒るって事は小さいのを気にしてるんでしょ?」
「ぐっ! お前、何時かスクラップにしてやる」
「出来るものならやってみなさい? その時は、ダーリンも敵に回すって事を覚えておくと良いわよ」
一夏の専用機を狙うという事は、一夏と戦うかもしれないという事を思いだし、マドカは盛大に舌打ちをしたのだった。その反応を見て、飛縁魔は満面の笑みを浮かべた。
口では飛縁魔の勝ちのようです