九月二十七日の放課後。一夏は職員室の机の上に置かれていたメモを見て、盛大にため息を吐いた。
「この字、ボーデヴィッヒか……」
必死に書き癖を隠そうとした文字だったが、その程度で一夏の目を誤魔化す事は出来なかった。普通なら書き癖の無いワープロなりパソコンなりで文書を作ればよかったのだが、一夏を呼び出すという大事な文書を、自分の手で書きたいという気持ちが強かったのだろう。
「何か企んでるのは知っていたが、また面倒な事にならなければいいが……」
呼び出されたからと言ってそこに行く義理は一夏に無いのだが、生徒が必死になって準備した何かを無視する程、一夏は人でなしではなかった。
「真耶も何だかそわそわしていたような気がしたが……まさか、一枚噛んでるとかじゃないだろうな」
真耶が千冬側に噛んでいるのか、それとも楯無側に噛んでいるのかは、さすがの一夏も知りようがない。むしろ、ここ数日彼女たちの計画を知らないフリをする事が面倒だったので、漸く当日かと思ってるくらいなので、誰がどう祝おうとあまり嬉しくは無いのだ。
「そもそも、祝われるような歳でもないだろ……」
そうぼやきながら、一夏は指定された部屋の前に到着し、中の気配を探る。いきなり襲われる事は無いと分かってはいるのだが、これは一夏の癖のような物だった。
「(中にいる人数は六人、どうやら真耶はこちらでは……ん? 空き教室の外側に一人? これは真耶の気配か)」
どうやら真耶はこちらに参加したのかと、一夏は盛大にため息を吐いてから教室の扉を開ける。一夏が一歩部屋に踏み込んだ瞬間に、クラッカーが六発、一斉に鳴らされた。
「やかましい」
「一夏兄、お誕生日おめでとうございます!」
「「「「おめでとうございます」」」」
「一夏教官がこの世に誕生してくれたこの日を、私は神に感謝したいです」
「大袈裟な……というか、何だその恰好は?」
一夏がまず疑問視したのは、六人の格好だった。千冬とセシリアがウサギ、箒とシャルロットがイヌ、鈴とラウラがネコの耳と尻尾を付けた格好で立っていたのだ。
「本当は裸にリボンというのをやろうとしたのですが、シャルロットとセシリアが全力で止めてきたので、信頼のおける副官に相談して、このような恰好になりました!」
「またアイツか……」
過去に指導した一人を思い浮かべ、一夏はもう一度盛大にため息を吐く。純粋過ぎるが故に、人を疑わないラウラが徐々に汚されていくような気がして、一夏は彼女の将来が本気で心配になり始めていた。
「これだけじゃないですよ。さらにサプライズゲストの登場です」
千冬が自信満々にそういうと、箒とシャルロットが奥のカーテンの前まで移動し、それを同時に左右に引きその人物を登場させる。
「い、一夏さん……お誕生日おめでとう……うぅ、恥ずかしいです」
「なら何で参加したんだ……そして何故キツネ」
真耶がいる事は最初から知っていたので、一夏は驚くことはしなかったが、真耶の格好を見て呆れたような態度はとってしまった。
「山田先生は女狐ですから、この格好しかないと思っただけです」
「酷いですよぅ……私はただ、一夏さんの誕生日をお祝いしたかっただけなのに」
「教師が率先して不純異性交遊をしようとしてたのを未然に止めただけです。私に落ち度はないはずですよね?」
「そんなことしようとしてませんからね!? 私は純粋に、一夏さんをお祝いしたかっただけで……そりゃ、ちょっとはそんな事もあっていいかなー、とは思って……はっ!?」
ついつい本音がこぼれ出てしまった真耶は、慌てて口を押えて千冬とラウラの様子を窺った。確認するまでもなく、二人は怒りに染まった表情を浮かべ、真耶の事を睨みつけていた。
「やはり解体するべきだったな、この女は」
「一夏兄と懇ろになりたいなど、万死に値する」
「ね、懇ろって……」
千冬が使った表現に、箒と鈴が呆れた表情を浮かべ、セシリアとシャルロットは首を傾げた。
「織斑先生、懇ろってどういう意味ですか?」
「親切で丁寧という意味もあるが、親しい間柄という意味もある。特に男女の関係において使われる事が多い」
「つ、つまり懇ろになりたいという意味は……」
セシリアとシャルロットは、同時に顔を真っ赤にして一夏から視線を逸らした。何を想像したのか何となく分かった一夏は、それ以上二人に視線を向ける事は無かった。
「凰」
「はい?」
「もう帰っていいか?」
「もうちょっと付き合ってくださいよ、一夏さん。ケーキも準備したんですから」
「ならさっさと進めろ。俺はツッコまんからな」
暴走する千冬とラウラと、それから逃げ惑う真耶を見て、一夏は鈴に「お前がどうにかしろ」と丸投げして、もう一度ため息を吐いたのだった。
騒いでるだけな気もする