IS学園の状況を観察しながら、束は発信機から割り出した亡国機業のアジトの状況を監視していた。最初に逃げ込んだ場所からは移動しているが、オータム本人に発信器が取り付けられているとは思っていないようで、どれだけ警戒しても束には居場所がバレバレだった。
「いっくんの身内がいるとは思えないほどの杜撰なシステムだねぇ……こんなの、ハッキングしてくださいって言ってるようなもんだよ~」
普通の人間が簡単にハッキング出来るようなシステムではないのだが、束はいとも簡単にハッキングし、亡国機業の情報を引き出していた。幾ら一夏が「阿呆」と評しても、篠ノ之束という人物は「天才」と呼ばれるに相応しい頭脳と技術を持ち合わせているのだ。
「しっかしまぁ、束さんに観察されてる事に気付いているのか、偉い奴らはなかなかカメラの前に現れないんだよね。まぁ、映ってたところで束さんには区別がつかないんだけど」
自分でツッコミを入れながら、束は視線をIS学園の状況が映し出されているモニターに移す。ちょうど一夏が千冬に説教をしているシーンだったので、束は思わず背筋を伸ばしてモニターに頭を下げそうになった。
「おっと。怒られてるのは束さんじゃなくてちーちゃんだった……いっくんのあの顔を見ると、思わず背筋が伸びちゃうんだよね……子供の頃から散々怒られてきたから」
「なら、少しは反省したら如何でしょうか?」
「おっ、クーちゃん。何か用かい?」
「食事の支度が整いましたので」
「もうそんな時間かい? さっき朝食を摂った気がするんだけど」
束が時計に目をやると、時刻は間もなく正午を迎えようとしていた。束の感覚ではまだ十時くらいだったので、束はそれだけ自分が集中していたのかと漸く自覚した。
「それにしても、さすがはクーちゃんだね。束さんがいろいろな事を認識してなくても、しっかりとそれをフォローしてくれる。クーちゃんをこのラボに招いてからというもの、束さんもしっかりと三食撮るようになったからきっと健康になってるんだろうね~。まっ、束さんは細胞レベルでそこらへんの人間とは違うから、病気なんて気にしてないんだけど」
「恐れ入ります。私のような出来損ないを拾っていただいただけでもありがたい事ですのに、このように役目まで与えてくださるとは」
「もー! クーちゃんは自分の出自を気にし過ぎなんだよ~。クーちゃんはこの束さんが娘としてこのラボに招き入れたんだから、過去なんて気にしてちゃダメなんだからね?」
「もったいなきお言葉でございます。私のような――」
「それ以上は言わなくていいよ。じゃあ、愛娘が用意してくれたごはんを食べるとしようか」
束が娘として扱っているのは、ラウラと同じく試験官ベビーとしてこの世に誕生し、ラウラ・ボーデヴィッヒの出来損ないとして捨てられた少女、クロエ・クロニクル。他人を認識しない束にしては珍しく、彼女の事はしっかりと認識しており、様々な雑務を彼女に任せていた。
「いっくんの料理も最高だけど、クーちゃんの愛情のこもった料理も格別だね~。クーちゃんが作ってくれたものなら、束さんは消し炭だろうと美味しく食べられる自信があるね」
「そ、そこまで酷くはありません!」
「分かってるって。ちょっと焦げちゃってるだけだもんね」
「申し訳ございません……」
「平気平気。束さんが作ろうとしても、何故かゲル状になったり食材が消滅したりしちゃうから、クーちゃんが来てくれて本当に助かってるんだから」
慰めてるのかとどめを刺しているのかは微妙なところだが、束の表情は明るく、クロエが用意した食事を綺麗に平らげた。
「ご馳走様でした。長らく人が作ってくれた食事を摂ってなかったから、クーちゃんの料理はありがたいんだよ、本当に」
「すぐには無理ですが、いずれはもっとましな料理を作れるように精進します」
「食事の形をしていれば、束さんは何でも食べるよ?」
「私がそんなもの我慢出来ませんので。束様に食べていただける以上、もっと上達したものをお出ししたいのです」
「そんなにかしこまる必要も無いんだけどな~。試しに『ママ』って呼んでみてよ?」
「む、無理です!」
「照れてるクーちゃんも可愛いな~。思わず頬擦りしたくなっちゃうよ~」
「た、束様!? そのような無体、おやめくださいませ!」
「母子のスキンシップだよ~。ウリウリ~」
クロエの胸に頬擦りしながら、束は幸せそうな笑みを浮かべている。一方のクロエは、困った表情をしながらも、束の愛情を感じているようだった。
「そうだ! 今度いっくんにもクーちゃんの事を紹介しないとね」
「織斑一夏様にお目に掛かれるような存在ではありません」
「いっくんだって、クーちゃんの出自は気にしないと思うけどな~?」
一夏がそんな事を気にする人間ではないと知っているので、束は何時クロエを一夏に会わせようか計画を立てるのだった。
過激なスキンシップは相変わらず……