体育館で片づけをしていた楯無たちだったが、どうしても一夏の姿が気になってしまい、その作業スピードは何時も以上に遅かった。何時もなら注意に周る虚も、今日だけは楯無や本音のように一夏の姿をチラチラと見てしまっているのだ。
「お姉ちゃんたち、さっきから何見てるの?」
「簪ちゃんっ!? な、何でもないわよ。ところで、クラスの片づけはもう終わったのかしら?」
「私は資料を作って、そのお陰で最優秀出し物が取れたからって、片づけを免除されたの。それに、生徒会の出し物の主演だったんだから、こっちを手伝ってこいって」
「そ、そうなんだ……それじゃあ、簪ちゃんと本音はあっちの片づけをお願い」
「分かった。本音、行こう」
「はーい」
本音を引き連れて向こう側の片づけを始めた簪を見て、楯無と虚もさすがに片づけを再開しなければと思い、視線を一夏から強引に移した。
「一夏先輩があそこまで気にするなんて、何かあるわよね……」
「更識家の事をそれほど気にしてくれている、というわけでもなさそうですし」
「前に聞いた時は『ウチの問題だ』と言って教えてくれなかったけど、千冬ちゃんが関係してるわけでもなさそうだし」
一夏は、楯無たちに自分の両親が関わっているかもしれないという話をしていない。碧は何処からか調べ上げたようだが、楯無たちには報告してないのだ。だから何故一夏が亡国機業に関わろうとしているのか、彼女たちには分からない。
何となくは察しているのだが、それが本当にそうなのか確信が持てない二人は、作業しつつもやはり一夏の事が気になってしまっているのだ。
「お姉ちゃん、虚さん、さっきから何を見てるの? あっ、織斑先生」
「か、簪ちゃん……向こうの片づけは終わったの?」
「いや、何処に戻せばいいのか聞いてなかったから」
「本音が知っているはずですが」
「本音に聞いても分からないって」
「あの子は……」
虚は妹のだらしなさにため息を禁じ得なかったのか、盛大にため息を吐いて、本音を睨みつけた。一方で睨まれた本音は、何故姉に睨まれているのかが分からず、笑顔で首を傾げている。
「こちらが貸し出しリストです。といっても、簪お嬢様の方には、体育館以外から持ってきた物はあまりありませんので、元あった場所に戻せばいいだけです」
「分かりました。とりあえず、二人もさっさと片づけを進めてください」
あまり作業が進んでいないのは自覚しているので、楯無と虚は簪の注意にただ頭を下げる事しか出来なかった。
「簪ちゃんの言うように、早く片づけを終わらせないとね」
「体育館の片付けだけではなく、書類も片付けなければいけませんから。昨日の件で、日本政府から大量の書類が送られてきていますので」
「亡国機業の追跡は、私たちじゃなくて政府がする事だと思うんだけど」
「その政府の中に、亡国機業と繋がっている可能性がある人間がいるのですから、するわけないじゃないですか」
「ホント、一夏先輩じゃないけど、政府の連中って腐りきってるわね」
一夏が政府の人間を信用していないのは楯無も知っているし、虚も何となく知っているので、楯無の言葉を注意する事はしなかった。
「マスコミ連中も、学園に取材を申し込んできてるみたいだし、まだまだ面倒事は終わりそうにないわね」
「そもそも、更識家内の面倒事も、全然片付いていないんですけどね」
「そうなのよね……漸く全容が分かっただけで、面倒になるのはこれからなのよね……」
「両親の話では、裏切者たちは屋敷を占拠するのではなく、出来るだけの資料と資金を持って出ていく方向で話が進んでいるようです」
「どっちも持って行かせるつもりは無いけど、完全に防ぐことは難しいかもしれないわね……私や虚ちゃんが現場で指揮を執れるわけじゃないし」
「そもそも私たちがなめられているから、今回のような事が起こっているわけですからね」
「でも、お父さんを手にかけたんだから、私たちだけがなめられてたわけじゃないんじゃない? 更識という組織をなめてかかってたわけだと思うけど」
「兎に角、片付けなければいけないことは山ほどあるんですから、お嬢様はご自分の事だけを気にしててくださいね。織斑先生の事を気にしてる暇は無いんですから」
「虚ちゃんだって気になってるんでしょ? さっきからまた、視線が一夏先輩の方に向いてるわよ」
「気になるのは否定しませんが、私はお嬢様のように、身体ごと織斑先生の方に向けていませんので」
「どっちもどっちだよ。さっきから何喋ってるの?」
「な、何でもない……大人しく片付けるわよ、虚ちゃん」
簪にツッコまれて、楯無も虚も大人しく片づけを再開した。姉たちが一夏の何を気にしているのかが気になった簪ではあったが、基本真面目な彼女はそんな事で頭を悩ませることはせず、さっさと片づけを終わらせるために作業に戻ったのだった。
本音以外、多かれ少なかれ意識してるんですけどね……