シャルロットが百合疑惑を掛けられているなど露も知らず、千冬と箒は職員室にやってきていた。
「山田先生、これ、職員室から借りていた幕です」
「はい、確かに。……あの?」
「気にしないでください。一夏さんがいなくて不機嫌になってるだけですから」
「織斑先生なら、体育館にいると思いますよ」
真耶の発言に、千冬の眉がピクリと跳ねる。箒も、体育館に誰がいるのかは知っているので、千冬の反応は仕方ないのかもしれないと思っている。
「体育館に何をしに行っているのですか?」
「壊された箇所の確認と、そこの修理にどれくらいかかるかの見積もりに行っているんですけど、何か引っかかる事でもありましたか?」
「いえ、何でもありません」
生徒会の手伝いに行っているわけではないのかと、千冬はとりあえず安心したように吊り上げていた眉を下げた。千冬の態度が大人しいものに戻ったのを受けて、真耶もホッと一息ついた。
「それでは、私たちは教室に戻ります」
「まて、ちょっと体育館に様子を見に行こうではないか。壊されたというところを見てみたい」
「行くなら一人で行け。私は、体育館に顔を出して一夏さんに怒られるなど御免だからな」
「一夏兄に怒られるのは私も嫌だ。仕方ない、休憩時間にでも見に行くとするか」
千冬も一夏に怒られるのは避けたいので、箒の脅しは彼女にも効果抜群である。大人しく教室に戻ることにしたのだが、気持ちは体育館に向けられているのか、歩幅はいつもより小さめである。
「おい。のんびりしてる暇は無いだろ」
「それはそうなんだが……どうしても一夏兄の事が気になってな」
「何が気になってるんだ? 一夏さんが学園の運営に関わる部分に巻き込まれるのは、ある意味いつも通りじゃないか」
箒の言葉に、千冬は呆れ気味に首を左右に振る。その態度が気に入らなかったのか、箒はムッとした顔で千冬に問いかける。
「何だ、その顔は」
「いや、お前は一夏兄の事を分かっていないなと思っただけだ。束さんなら、すぐに私が何を気にしているのか分かったはずだ」
「私は姉さんやお前ほど、一夏さんについて詳しくないからな。普通に知っているだけで、ストーカー紛いな事をしてまで知りたいとは思わん」
「当たり前だ。お前がそんなことしてたら、私と束さんで存在を消していたところだ」
「なら、何だというんだ……」
二人なら本気でやりかねないと分かっているので、箒は疲れ果てた顔で真相を問う。これ以上千冬のくだらない悩みに付き合って作業をサボったと一夏に知られれば、自分も怒られる可能性があると考えての事だったが、千冬はそれに気づかなかった。
「一夏兄がただ壊されただけで慌てると思うか? 束さんでも連れてきて直させればいいだろ」
「姉さんが素直に出てくるとは思えないが」
「あの人は報酬をチラつかせれば出てくるぞ。例えば、一夏兄の料理を食べられるとか」
「……ありえそうだな」
実の姉ながら単純だと思いながらも、実の姉だからこそあり得るのかもしれないと箒はそんな風に思った。
「だがそれをしないという事は、何か他の事を束さんに頼んでる可能性が高い」
「他の何かって?」
「それが分かれば苦労しない。私だって、一夏兄が何を考え、どんな行動を取るのかを全て理解してるわけではないからな……いや、むしろ分からない事の方が多いからな」
悔しそうに唇を噛む千冬を見て、箒は何となく白けてしまった。
「分からない事に時間を割いて、作業をサボったとなれば一夏さんに怒られる。分からないことは分からないままでも良いんじゃないか? 勉強じゃないんだし」
「気になるだろうが!」
「気にしたところで分からないんだから、考えるだけ無駄だろ。そんな事に付き合わされて、私まで一夏さんに怒られるのは御免だと、さっきも言ったはずだ」
そう言って箒は教室までの道のりをすたすたと進み始める。一瞬置いて行かれそうになった千冬ではあったが、すぐに箒の背中を追いかけた。
「お前は気にならないのか?」
「後で一夏さんに聞けばいいだけの話だろうが。教えてくれるかは別だがな」
「むぅ……」
全く納得していない顔で箒を見たが、彼女が言っている事は尤もなので、千冬もとりあえず一夏の事を考える事を止める事にした。
「だいたい、お前が気にしたところで、一夏さんのためになるとは思えないんだが。邪魔するだけじゃないか?」
「そんな事はないだろ。私だって、やれば出来るんだから」
「本音と同じような事を言ってるぞ、お前」
「むっ……本音と同じ扱いなのは困るな」
「何気に酷いな、お前も」
本音の事をどう見ているのか知ってしまった箒は、千冬の中の本音がどれだけ出来ないと思われているのだろうかと、少し興味が湧いたのだった。
そういう自覚があるなら気を付ければ良いのに