IS学園・一夏先生   作:猫林13世

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相変わらずこの登場シーンは笑える


捕らわれの簪

 棺桶の中で寝ころんでいた簪だったが、不意に底が抜けて下に落ちていく感覚に陥った。

 

「(違う、本当に落ちてるんだ)」

 

 

 錯覚ではなく、本当に落ちている事を自覚し、簪は落下の衝撃に備えるために全身に力を入れた。だが意外な事に落下の衝撃はそう強いものではなく、そこまで身構えなくても良かったと苦笑いを浮かべながら立ち上がり、自分が落ちた場所を確認する。

 

「ここは……更衣室?」

 

 

 体育館の下に更衣室があるなんて聞いたことが無かったが、ロッカーなどが置かれている事を見て、恐らくは更衣室なのだろうと、簪は落下の際に軽く打ち付けた腰をさすりつつ辺りを見回す。

 

「とりあえず、ここから上に戻るのは無理そうかな」

 

 

 自分が落ちてきた穴を見上げ、そんな事を呟きながら出口を探す為に歩き始め、不意に誰かの気配を感じ取り振り返った。

 

「こんな所で何をしているんですか――巻上礼子さん」

 

「これはこれは更識簪様。ついIS学園の施設を見学出来ると思い舞い上がっていたようでして……それで、ここはいったい何処なのでしょうか?」

 

 

 みつるぎの渉外担当である巻上礼子を前にして、簪は一夏から受けていた忠告を思い出し、出来るだけ距離を取ろうと一歩後ろに下がった。

 

「たぶん体育館の下にある、今は使われていない更衣室だと思いますが……こんな所まで入り込んで、何を調べてるんですか?」

 

「別に何かを調べてるわけではありません。ただ、ちょっと人気が少ない所に貴女を連れてきたかっただけです」

 

「私を? お姉ちゃんや千冬たちじゃなくて、何で私なんかを?」

 

 

 簪はかなり本気で礼子に尋ねている。幾ら人から評価されようが、簪自身の自己評価は決して高いものではないので、亡国機業の人間が自分を欲しがっていると言われてもあまりピンとこないのだ。

 

「ご謙遜を。貴女のISに対する知識は、同年代のソレと比べ物にならないくらい高いものがありますし、整備の面でも、既に一線に出て活躍出来るレベルだとお見受けします。その打鉄弐式がそれを証明しているでしょう」

 

「これは織斑先生にアドバイスをもらって漸く完成したものです。私一人だったら、多分まだ完成どころか何処が問題だったのか分かってなかったかもしれません」

 

 

 これは簪の偽らざる本音だが、自分でも些か卑屈になりすぎだと思っている節がある為、若干視線が泳いだ。それを礼子は嘘だと思ったらしく、隠していた本性が若干漏れ出てしまった。

 

「嘘はいけませんね。そうやって嘘ばかり吐いていると、何時か痛い目に遭ってしまうかもしれませんよ?」

 

「……貴女、いったい何者? ペーパーカンパニーの渉外担当ってだけでも十分怪しかったけど、この殺気で確信した。表世界の人間ではない」

 

「へぇ」

 

 

 被っていた皮を脱ぎ捨てたのか、礼子は舌なめずりをしながら簪の身体を観察し始める。

 

「貧相な身体つきの割には、結構な観察眼を持っていやがるな。腐っても暗部組織の人間ってところか?」

 

「ウチの事を悪く言わないで!」

 

「ん? お前は聞かされてないのか? お前の家は、オレらのスポンサー様に成り下がってる事を」

 

「……何を言ってるの?」

 

 

 本気で何を言っているのかが分からない簪は、隙を産むと分かっていながらも立ち尽くし問い返す。相手がその隙を見逃すわけもないと分かっていながらも、聞かずにはいられなかったのだ。

 

「教えてやろうか? ただし、テメェをオレらのアジトに連れ帰って後でならだがな!」

 

「っ!?」

 

 

 あっという間に間合いを詰められ、ロッカーに自分が押し付けられたと思った時には、既に身動きが出来ない状態にされていた。

 

「亡国機業……」

 

「何だ、知ってるじゃねぇか。そうだぜ。オレ様は、亡国機業の一員、オータム様だ」

 

 

 自分で様を付けるのはどうなのだろうと思いながらも、簪はなんとか逃げ出せないかと足に力を籠める。だがオータムに抑えつけられている状況では、自分の体力では抜け出す事は難しいと理解してしまった。

 

「テメェらはオレの事を意識してないようだったから簡単に忍び込めたぜ」

 

「ふっ」

 

「何が可笑しい」

 

 

 オータムの言葉に息を漏らした簪に、オータムは鋭い視線を向ける。苦しくて息を漏らしたようではないと分かるだけの冷静さは持ち合わせているようだと、簪は危機的状況にも拘わらずオータムの観察をしていた。

 

「答えやがれっ!」

 

「ガァ!」

 

 

 首に回された手に力が籠められ、簪は苦しそうに息を吐く。もがこうにも馬乗りになられ、既に手足は何らかの糸で拘束されている。簪に出来るのは、必死に苦しそうにもぞもぞと動くだけだった。

 

「何が可笑しくて笑いやがった? 答えねぇと本気で殺すぞ?」

 

 

 冗談で言っているのではないと、オータムから放たれる殺気で理解しているが、不思議と簪は恐怖を覚えていなかった。なぜなら――

 

「私の可愛い妹に、何をしてるのかしらね?」

 

 

――自分の姉が、重度のシスコンと称されるくらい、自分の事を心配してくれているからだった。




敵が自分で名乗るなよ

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