生徒会の劇を見るために体育館にやってきた千冬と箒は、意外と賑わっている事に驚きながらも席を確保し、演者変更のお知らせを見て驚いていた。
「簪が主役とはな」
「裏方だからと言っていたが、まさか表に出るとは思わなかったな」
元々は楯無がやる役を簪が勤める事になっている事に驚きながらも、簪なら出来るのではないかという気持ちが何処かにあった為、それ以上驚いたりはしなかった。
劇が始まり、初めの方はナレーションで世界観が説明されている。内容はほぼシンデレラと同じだが、所々オリジナル要素が含まれていた。
『神聖IS帝国の女王は、隣国のIS王国王子に想いを寄せていましたが、王子にはあまり本気だと思われておりませんでした。女王は毎晩魔法の鏡に王子に相応しい相手は、と尋ねておりました』
『魔法の鏡よ、IS王国王子に相応しい女性は誰?』
『女王様でございます』
「(あれ、飛縁魔だよな?)」
「(王子役が一夏さんなのだから、飛縁魔が参加しててもおかしくはないが、この後嫉妬に狂ってシンデレラを手に掛けようとするのだと考えると、妙にしっくりくる配役だな)」
女王役として鏡に問いかける飛縁魔を見ながら、二人は小声でそんなことを話している。他の観客はあまり気にしていないようだが、ISである飛縁魔が劇に参加しているのはおかしい事だと二人には感じられたのだ。
『そんな風に鏡に尋ねていた女王ですが、ある日鏡の答えが変わってしまいました』
『シンデレラでございます』
『はっ? 誰よそのシンデレラとか言うポッと出の女!』
『森で暮らしている元王女でございます』
『シンデレラという少女は、元は何処かの王国の姫だったのですが、今は国元を離れて森で生活している少女でした。王女は部下に命じシンデレラの暗殺を企てましたが、シンデレラの美しさに命令を実行する事が出来なかった部下たちは、女王の命に背き動物の心臓を女王に渡し、シンデレラの物だと報告しました』
楯無の喋りに観客が引き込まれていくのが、千冬と箒にも感じられた。先ほどまで気になっていた飛縁魔の参加も、楯無の喋りを聞いている内に気にならなくなっていたのだ。
『しかし、いくら部下が嘘の報告をしても、魔法の鏡の答えが変わらない以上、シンデレラが生きているとバレてしまうのです。嘘の報告をしてきた部下を粛正して、女王は自分でシンデレラを始末すべく動き出しました』
そこで一度幕が下りて、セットチェンジが行われる。その間に観客たちは息を吐いて、続きを静かに待っていた。
『シンデレラが生活している森にやってきた女王は、黒頭巾を被ってシンデレラに近づきました』
『お嬢さん、リンゴは如何かね?』
『リンゴですか?』
『見るからに怪しい老婆に警戒心を懐きながらも、シンデレラは老婆の話を聞くことにしました』
『このリンゴは凄いくてなぁ。美容や健康にももちろんじゃが、なんと胸を大きくする効果も認められている。半年食べ続けた女性の胸が3カップ程成長した事例も報告されているのじゃ。どうじゃ、お主も――』
『食べる!』
『そ、そうか……なら、一つサービスしてやろう』
『シンデレラは自分の胸が慎ましやかな事がコンプレックスだったので、怪しいと思いながらもそのリンゴを受け取ってしまいました』
「(あり得ないだろ、そんなこと……)」
「(まぁ、フィクションの世界だからな……)」
シンデレラとして喰いついたのか、更識簪として喰いついたのか微妙な所だと感じながら、千冬と箒は小声で会話をする。老婆に扮した飛縁魔が脇に下がってすぐ、リンゴを食べた簪が倒れた。
『シンデレラが受け取ったリンゴには、神経毒が仕込まれていて、それを食べたシンデレラは呼吸困難で倒れてしまいました』
『ほえっ!? ちょっと目を離した隙にシンデレラがしんじゃったっ!?』
『シンデレラと一緒に生活していた熊は、シンデレラの脈を確認することなく、倒れているシンデレラが死んでしまったと思い込みました』
「「(本音かぁ……)」」
普段通りの着ぐるみを着用した本音が、これまた普段通りの口調でセリフを読んでいるのを聞いて、観客たちは苦笑いを浮かべた。千冬と箒も多分に漏れず苦笑いを浮かべていたが、この後の展開を思い出して千冬が苛立ち始める。
「(おい、さすがに劇に乱入はするなよ)」
「(一夏兄が本気でキスをするとは思えないが、簪が自分からしに行く場合があるからな。何時でも行けるようにスタンバっておかなければ)」
「(さすがに大勢の人前でキスする勇気は、簪に無いと思うが)」
そんな心配をよそに、劇は先へ進む。王子役である一夏が舞台に出てくると、客席から黄色い歓声が上がったが、一夏が不思議そうに棺桶を覗いているのが千冬たちは気になったのだった。
いろいろと残念なシンデレラに……