IS学園・一夏先生   作:猫林13世

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この台本じゃ不安にもなる


本番前の不安

 急遽劇に参加しなければいけなくなった簪は、控室となっている体育倉庫で足を震わせていた。

 

「何でいきなりこんなことになっちゃったんだろう……確かに大勢に見られて緊張しちゃう癖は直さなければいけないけど、セリフも何も覚えてないのにいきなり主役だなんて……しかも、相手役は織斑先生だし」

 

 

 簪も年頃の女子として、それなりに異性には興味がある。だがISに関わる女子は、異性との交流が極端に少ないのだ。だから簪も異性との交流は殆どなく、初めの方は一夏にすら警戒心を懐いていたのだ。それが今では、誰よりも信頼できる相手になっており、ちょっとだけ意識もしてしまっている。その一夏といきなり演技とはいえ恋愛する事になるなんて、簪の緊張を増幅させるだけだったのだ。

 

「とりあえず台本に目を通しておかないと」

 

 

 先ほど楯無から受け取った台本を開いて、全体の流れとかを確認しようとして、簪はその手を止めた。

 

「何…これ……殆ど白紙じゃない」

 

 

 受け取った台本は、全体の流れは書いてあるが、肝心のセリフは殆どが空白だった。未完成の台本を渡されたのかとも思ったが、表紙には『完全版』と書かれている。

 

「つまり…セリフは殆どアドリブだったてこと……?」

 

 

 あの姉ならありえると、簪は盛大にため息を吐いた。確かに楯無ならその場のノリと空気でどんなセリフでも思い浮かぶだろうが、それを自分に求めるのは酷だと。

 

「今からでも良いから、お姉ちゃんに主役を代わってもらおう。というか、元々お姉ちゃんがやるはずだったんだし、こんな台本を貰っても私が出来るわけがない」

 

 

 そう思い立ち上がり、体育倉庫から外に出ようとしたが、何故か出入口には本音が立っていた。

 

「かんちゃん、まだ出番じゃないよ?」

 

「本音、悪いけどそこをどいて。お姉ちゃんに代わってもらう」

 

「今更無理だよ~。だいたい、楯無様はノリノリでナレーションのリハーサルをしてるから、今から代わってもらおうとしても無駄だと思うよ。それに、配役変更は既に発表されちゃってるし」

 

「お姉ちゃんめ……じゃあせめて文句を言いたいからそこをどいて」

 

「電話すればいいじゃん。悪いけど、私は出番までかんちゃんをここから出すなって命じられてるから」

 

「何がしたいのよ、お姉ちゃんは……」

 

 

 恨みがましい目を本音に向けてから、簪は携帯を取り出して楯無の番号をコールする。無視されるかもしれないと思ったが、意外な事にワンコールで電話は繋がった。

 

『もしもし、どうしたの簪ちゃん?』

 

「お姉ちゃん! この台本、セリフがほぼ全部空白なんだけど」

 

『そりゃ即興劇だからね。その場のノリと相手の出方でセリフなんて変わっちゃうから』

 

「お姉ちゃんなら出来るかもしれないけど、私にその場のノリに任されたって無理だよ!」

 

『大丈夫だって。簪ちゃんなら出来る! って、虚ちゃん? その顔は何か言いたげだね?』

 

 

 電話の向こうに虚がいるようで、簪は虚なら自分の気持ちが分かってくれるのではないかと考え、虚に電話を代わってもらった。

 

『すみません、簪お嬢様。まさか完全版の台本がそのような事になっているとは』

 

「虚さんは知らなかったの?」

 

『私がもらっていたのは、あくまでも完成前の台本でしたから……そこにはある程度のセリフは書かれていて、空白の部分も流れで完成させるものだと思っていたので』

 

「お姉ちゃんの悪ノリだと思います……というか、織斑先生にもこの台本が渡ってるんですよね?」

 

『織斑先生には、全体の流れだけを把握してもらって、後はお嬢様のノリに合わせていただく予定だったので、台本は渡していませんでした。基本的にはシンデレラの流れなので、織斑先生には本番前に渡せばいいとお嬢様が仰られたので……』

 

 

 虚がため息を吐いたのを受けて、簪もつられてため息を吐く。血のつながった姉ではあるが、その思考を理解するのは簪にも難しいのだ。

 

『兎に角、今更変更は出来ないし、簪ちゃんなら出来るって信じてるからね』

 

「そんな無責任な……後で織斑先生を交えて、ゆっくりと話を聞かせてもらうからね」

 

『い、一夏先輩を交えて!? そ、それだけは何とか……』

 

「駄目。私や虚さんだけだと、お姉ちゃんに響かないだろうからね。それに、今回は織斑先生だって無関係じゃないんだから、当然交えるに決まってるでしょ」

 

『そ、そんなぁ……』

 

「これに懲りたら、もうこんなことしないでよね」

 

 

 とりあえず楯無を反省させることが出来ると、簪はホッと一安心して電話を切ったが、すぐに劇の事を思い出して憂鬱な気分に逆戻りしてしまう。

 

「とりあえず、織斑先生に合わせればなんとなかるよね……でも、織斑先生が台本を持ってないとなると、いろいろと大変な事になりそう……」

 

 

 楯無の事だから、ナレーションでもアドリブを入れてくる可能性があると、簪は一抹の不安を懐きながら、衣装に着替えるのだった。




楯無へのお説教が増えていくような気も……

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