忙しい時間帯を過ぎ、千冬と箒も漸く休憩時間を取ることが出来た。
「なかなかの忙しさだったな」
「まさかあれほど客が来るとはな……これなら一位も狙えるんじゃないか?」
「取ったところで大した恩恵もないだろ……確か、デザート一ヶ月間半額券の贈与だったな。本音以外はそれ程喰いつかなかっただろ」
「まぁ、たかが一ヶ月だしな。しかも半額というだけで、結局は金を払うわけだし」
「お二人とも、休憩中とはいえそう言った話を堂々とされては困りますわ」
セシリアに注意され、千冬と箒は一応頭を下げる。だが心の中では他の人間も同じことを想っているのではないかと疑っているのだった。
「例え景品が豪華では無かろうと、全力を尽くす事に意味があるのですわ」
「たかが文化祭で全力もないだろ。というか、ラウラやシャルロットは割とノリノリで接客してたが、私たちはかなり疲れるんだぞ」
「それはお二人が準備期間にサボり倒した所為ですわ。人前に出たくないというお二人の希望を最大限に叶えた結果が、こうして厨房で必死に働いてもらう事になったのですから」
「まぁ、セシリアに厨房を任せるわけにはいかなかったからな」
「何か言いまして?」
「いや、何でもない」
小声で呟いたので、千冬の言葉はセシリアの耳には届かなかったようだ。だがバッチリと聞こえていた箒は、千冬の発言に力強く頷いていた。
「兎に角、午後はそれ程混まないだろうし、生徒会の出し物でも見に行ってみるか?」
「作り置きも十分確保出来ているし、私たちがいなくても大丈夫だろうしな」
「もちろん、混み始めたら連絡しますので、すぐに出られるようにはしておいてくださいませ」
「分かってるさ。さすがに当日サボってたと一夏兄に知られれば……」
「怖いのでそこで黙らないでくださいます?」
震えだした二人を見て、セシリアは過去に何があったのか気にはなったが、それを聞いたら後悔するだろうと考えて好奇心に蓋をした。
「まぁ、電話の音を最大にしておけば、気付かないなんてことは無いだろうがな」
「ですが、演劇の最中は携帯の電源を切るか、音が鳴らないようにするのがマナーでは無くて?」
「………」
簡単な事を見落としていたと、千冬は先ほどまでとは打って変わって不安そうな表情でセシリアを見詰める。何か自分が悪い事をしてしまったような気がして、とりあえずセシリアは頭を下げる。
「ごめんなさい。万が一混み始めたら、誰か人を向かわせますので、お二人は安心して演劇を鑑賞なさってくださいませ」
「すまんな……なんだか気を遣わせたようで」
「いえ、そのような顔をさせてしまったのは私ですし、ラウラさんなら気配でお二人を探せるでしょうし」
「何か用か?」
セシリアの声が聞こえたのか、丁度休憩の為に裏に回ってきたラウラが会話に加わる。纏っている空気は軍人の物だが、今のラウラの格好ではその威圧感も半減している。
「かなりノリノリで接客していたな。そんなにその恰好が気に入ったのか?」
「一夏教官が『可愛い』と褒めてくれたのだ。やる気が入るに決まっているだろう」
「確かに可愛らしいですわね、その耳」
ラウラはただのメイドではなく、本音が持ってきたネコミミをつけて接客をしている。準備期間に一夏に見られ、咄嗟に言い訳をしようとしたラウラだったが、一夏に褒められたことでノリノリでこの格好をするようになったのだ。
「一夏兄に褒められた、だと?」
「落ち着け。一夏さんだって人を褒める事はあるだろうが」
「それはそうだが……なんだか釈然としないんだ」
「何処まで一夏さんを独占しようとすれば気が済むんだ、お前は……」
「束さんも絡んでるから、正確に表現するなら二人占めだな。だがまぁ、一夏兄が褒めるのも何となく分かる」
「本音さんは尻尾も持ってきていたのですが、さすがにそれは外したようですわね」
「動きにくかったからな。それに、動くたびに尻尾が尻に当たってこそばゆい感じだったからな」
「女子しかいないから良いですが、女の子が『尻』なんていうものではありませんわよ?」
「尻は尻だろうが。ケツとでも言えば良いのか?」
「そういう事ではありませんわ! もう少し淑女としての心得をですね――」
「私は軍人だ。そのようなものは必要ない」
セシリアの言葉を遮り、胸を張って答えたラウラに、千冬と箒は拍手を送ったが、セシリアは盛大にため息を吐いた。
「織斑先生にそのような事を聞かれて、恥ずかしいとは思わないのですか?」
「一夏教官に、だと? ……確かに昔注意された事があったが、部隊の仲間からは気にする事はないと言われたからな。一夏教官が気にし過ぎなだけだと思っていたが」
「苦労なさっているのですわね、あの人は」
思わず一夏に同情してしまったセシリアは、ラウラの事を矯正するのは不可能だと悟り、もう一度ため息を吐いたのだった。
ラウラはこれ以外の性格が考えられないくらい完成してるから